1-2. 若き工事検査員のゆううつ

幸之助が異例の若さで工事担当者を経て検査員に昇進したのは、大正6年のことである。検査員の主な仕事は、現場の見回り検査。一日の仕事がほんの数時間でできた。仕事が楽で、しかも尊敬されるとあって、喜ぶ検査員が多い中、22歳の幸之助は充実感を味わえない生活に、ひとりゆううつを感じていた。

ゆううつのタネはほかにもあった。病気である。生まれつきの体の弱さを気力で支えてきた 幸之助にとって、張りのない生活はかえって災いとなった。医者の診断は「肺尖カタル」。ひと月ばかり療養しろと勧められたが、日給暮らしの勤め人では、休めばその日から生活に行き詰まる。そんな日々、思い出されるのは仕事の合間に自分で考えた「改良ソケット」だった。

「前から、いちいちねじでとめなアカンのは不便やと思っとたんです」「ふーん……」「どうですやろ」「うむ……あかんな、こらあかん」「えっ!」「工夫せなあかんとこがありすぎる。使い物にならんな」

まだ、工事担当者だったころ、高下駄の歯が抜けて困っていたおばあさんを助けてひらめいた改良ソケット。しかし、自信満々で試作品を上司にみせたところ、答えは意外なことに完璧な否定であった。幸之助はがく然とした。「絶対に、この改良ソケットを作れば売れる……」―。あまりの悔しさに涙を流した幸之助の熱い思いは、しだいに胸のうちで確信となり、やがて、自分で作ってみたいという気持ちが心を離れなくなっていた。