3-3. 命知

宗教団体の見学を終え、ひとり電車に揺られながら幸之助は物思いにふけっていた。宗教は精神の安定をもたらすことで人を幸せにしている。崇高な使命に立つ聖なる事業だ。そこに携わる人たちは喜びにあふれて活躍し、真剣に努力している。これは、なんとすぐれた経営ではないか。

いつしか、幸之助はさっき見た光景を、自らの事業と経営に重ね合わせて考えこんでいた。真の経営とは? そもそも、自分の事業の使命は何なのだろうか。

「正義の経営、経営の正義……」

帰宅して後も考え続ける幸之助の頭に、いつしか一つの諺が浮かんでいた。「四百四病の病より貧ほどつらいものはない」---- 人間の幸せにとって精神的安定と物質の豊かさは車の両輪のような存在である。となれば、貧を除き富をつくるわれわれの仕事は、人生至高の尊き聖業と言えるのではないか。

「そうや! 生産につぐ生産で貧を無くす営みこそ、われわれの尊き使命やったんや!ああ、わしはそんなことも知らんかったんや」

われらこそは、自己にとらわれた経営、単なる商道としての経営の殻を破らねばならない使命を自覚すべきだったのだ----。いつしか夜も更けていた。漆黒の闇のなかで、初めて自らの事業の真の使命に目覚めた幸之助は、ひとり、震えるような感激を覚えていた。