経理 伊藤 界志

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経理 伊藤 界志

欧州でのIR変革という大胆なチャレンジで、地域経営に貢献。

昨年まで、オランダの金融会社の責任者を任されていましたが、現在は、オランダからイギリスの地域統括会社に移り、域内の事業を統括・サポートするマネジメント サポートグループと域内の財務課題に対応するトレジャリー&IRグループの責任者をしています。とにかく、挑戦できるフィールドが多いのが海外の仕事。欧州着任当初、IRでは新規投資家開拓や本業であるグループファイナンスでは欧州域内でのさらなる拡大など、グループ会社から相談される案件は山積みの状態でした。まず取り掛かったことは、欧州地域でのIR変革です。私は、地域のIRは、社長やCFOに限定せず、地域担当役員も機関投資家との接点を増やし、双方向でのコミュニケーションを充実すべきとの考えを持っていましたので、欧州代表に「欧州での重要投資家に対してIRを行って頂けないか」とかけ合いました。欧州代表は、もともとIRの重要性を認識していましたから、快諾してくれました。当社の欧州代表が本社の役員として機関投資家を訪問すると、まず驚かれますね。一般的な日系企業では、日本人以外の本社役員はまだ少ない状況なのです。地域特性を共有しているので、議論がスムーズな場合が多く、私見ですが、多くの投資家から今回の取り組みは歓迎されているように思います。新しいチャレンジが、パナソニックの印象を変えることにつながったのです。信念を持ってアイデアをぶつければ、必ず誰かが耳を傾けてくれる。そんな組織風土がここには根付いています。

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多面的に物事をみることで、経営を動かす。その動力となるのは、使命感。

私にとって、職業人生に大きく影響を及ぼす体験が、ふたつあります。ひとつは、入社6年目の頃に新会社の設立に携わったこと。会社そのものを動かすような提案を自らが行い、自ら実行し、自ら検証することが求められていました。例えば年金運用管理システムの導入。このシステムの導入を決めたのは、日本では当社が初。「なぜ必要か?」「なぜこのシステムか?」、一つひとつの課題が経営に直結していることが多く、徹底的に考え抜く必要がありました。ただし、時間は限られています。「後でできることは、後にする」という割り切りと、「やるぞ」と決めたときには徹底的にやりきるということを肌で覚えました。この経験は、のちに担当する、財務部門が中心となった大型の職能横断プロジェクトの専任事務局として推進する仕事に活かされます。このプロジェクトの論点は、ボトムアップでの提案が職能横断で採用・実行されることは難しいとされた中で、いかにして他職能のチームリーダーを説得し、動かすか。相手は、知識も経験も上にいる他職能のチームリーダー。ここでも多面的に物事をみて、議論を進めることを大事にしました。そして社長を中心とする職能横断の委員会を設置して、対応案件に共同で取り組むという、組織横断体制のきっかけをつくることができたのです。自分を大きく成長させるチャンスがたくさんある。それがこの仕事の魅力です。

私のキャリアヒストリー 私のキャリアヒストリー

「スキルe-チャレンジ」で、生産革新本部から財務・IRグループへ。

環境負荷低減という目標に向かって技術開発に従事する一方で、将来の社会のあるべき姿についてできることを模索し続ける。

新会社設立に挑戦。

グループ内年金運用を専業とする、投資顧問会社の設立に参画。信託銀行や大手投資顧問会社のプロとともに、効率的な年金運用のあり方を議論。

経営幹部のIRを補佐する役割へ。

社長・経営幹部の投資家向け対外発表資料の作成など、IR企画を担当。

財務部門の重点プロジェクトの、専任事務局を担当する。

財務体質強化を目的としたプロジェクトの専任事務局を担当。職能横断・経営幹部を巻き込んでの対策を企画。

資金チームと、出資チーム。ふたつのチームリーダーを兼任することに。

このとき、初めて組織を持つことになる。しかし、それがいきなり2つのチーム。多少の戸惑いはあったものの、むしろモチベーションは高まる。

オランダへ、初めての海外赴任。

財務拠点長としての重責を背負って、初めての海外赴任。山積みの課題事項に対し、一つひとつ取り組んでいく。

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入社の決め手 入社の決め手

大学・大学院では、機械工学を学び、将来は「ものづくり」の会社に就職しようと漠然と考えていました。幅広く業界研究をしたわけではありませんが、パナソニックへの入社の決め手となったのは、創業者・松下幸之助の存在だったと思います。業界研究の中で手にした創業者の本はどれもわかりやすく、ヒト・モノ・カネに関して網羅的に解説した経営指南書のようなもので、翌年には「私も、企業で働くんだ」という緊張感を持ったことを覚えています。結局、その「緊張感」が引き金となって、パナソニックへの入社を決意しました。