経理 安立 洋介

経理 安立 洋介 経理 安立 洋介
経理 安立 洋介

「経理」を軸に、教育、事業企画、経営、あらゆることを学び続ける。

学生時代に経営学を学び、「数字を扱うことが武器になる仕事を」と考えて就活に取り組みました。パナソニックなら、東京以外の様々な場所で働くチャンスも多いだろうと思ったこと。また、モノが作られているすぐ近くで数字を見ることができる面白さも感じられると考え、入社。事業企画に携わった数年を除き、ほとんどのキャリアを経理部門で築いてきました。入社7年目でイギリス、8年目にはスロバキアに赴任。イギリスでは、欧州向けPC販売会社の経理責任者として経営の中枢を担い、 スロバキアでは、DVDレコーダー工場の経理責任者として、工場の経営管理や、生産管理、資材調達、ロジスティクスに至るまで幅広く手掛け、さらに現地スタッフの育成にも貢献しました。帰国後は、全社的にも重点事業という位置づけにある、テレビ事業の経理に。国内の開発、企画部門などから、海外11ヵ所の生産拠点まで及ぶ大規模ビジネスの数字を管理。最近では、チューターとして新入社員約30人を指導する立場も担うようになり、自身の熱意を伝えるとともに、新入社員からも刺激を受け、初心の大切さを再認識。常に刺激を受けながら、数字を武器に様々なプロジェクトに携わっています。

経理 安立 洋介

「やりたい」という意欲が認められる。

経理として初めて担当させてもらった仕事が、当時立ち上げたばかりのデジタルスチルカメラ『LUMIX』のプロジェクトでした。まだ商品が影も形もなかった状態から、事業そのものを作っていくことに関わることができることを、うれしく感じました。そして次第に収支の数字を見るだけでなく、「もっとこの事業に深く関わる役割を担いたい」と考えるようになったのです。そこで私は、「事業のプランニングがしたい」という自分の意志をA4の用紙にしたため、上司に提出。これが認められ、『LUMIX』のプロジェクトで事業企画を任せてもらえることになりました。設計の日程管理をし、商品企画部門に目を光らせ、経営管理までと、まさに事業の真ん中で仕事をしているという実感に満ちた毎日。「やりたい」という意欲を示すことで、まだ若いうちからこうした責任ある仕事を経験させてもらえたのが、うれしかったですね。現在は経理部に戻っていますが、「やりたい」という意欲が認めてもらえる風土はどの部署も同じ。この風土が、日々の仕事のやりがいにつながっています。

私のキャリアヒストリー 私のキャリアヒストリー

AVCネットワークス社に、経理として配属される。

事業ドメインの中の経理部門ということで、「本社じゃないのか」というのが最初の正直な感想。でも仕事を始めると、モノが作られているすぐ近くで数字を見ることを、とてもおもしろく感じた。

デジカメ『LUMIX』の立ち上げプロジェクトのメンバーに。

当時まだ世に出ていなかった新製品『LUMIX』のプロジェクトに、経理担当として参加。初めて「担当」を持たせてもらい、意気込む。

『LUMIX』プロジェクトにおいて、事業企画の仕事に携わる。

「経理よりも企画がしたい」と上司にアピールし、『LUMIX』の立ち上げの事業企画を任されることに。事業の真ん中で仕事ができたのがうれしかった。

経理に戻るとともに、イギリスの販売会社に赴任。

企画の仕事を続けたい気持ちもあったが、海外で働くチャンスに魅力を感じ、再び経理職に。欧州向けPC販売会社の経理責任者として、イギリス人社長とともに経営の中枢を担う。

スロバキアのDVDレコーダー工場の経理責任者に。

経理だけでなく、工場の経営管理や、生産管理、資材調達、ロジスティクスに至るまで幅広く手掛け、さらに現地スタッフの育成にも貢献。

日本に戻り、液晶テレビ事業の経理を任される。

全社的にも重点事業という位置づけにある、テレビ事業の経理に。国内の開発、企画部門などから、海外11ヵ所の生産拠点まで及ぶ大規模ビジネスの数字を管理する中で、さらに成長。

業務用テレビのパネル事業の経理を兼務。チューターも経験。

新たに立ち上げられた業務用テレビ事業にも携わる。また、チューターとして新入社員約30人を指導する立場に。自身の熱意を伝えるとともに、新入社員からも刺激を受け、初心の大切さを再認識。

経理 安立 洋介

入社の決め手 入社の決め手

学生時代に経営学を学び、「数字を扱うことが武器になる仕事を」と考えて就活に取り組みました。金融や商社にも興味を持ちましたが、メーカーでは取り組みが形になり、その善し悪しを世の中に問えるところがおもしろい。その中でもパナソニックは信頼のおけるブランドであり、安心できる品質で社会から期待されている企業という印象がありました。また、本社が大阪というのも私には魅力的に映りました。東京で育った私ですが、ずっと同じ所にいるのはつまらない。この会社なら東京以外の場所で働くチャンスも多いだろうと考えたことも、志望動機の一つです。