研究開発 篠原 崇宏

研究開発 篠原 崇宏 研究開発 篠原 崇宏
研究開発 篠原 崇宏

2年後の量産開始に向け、全力疾走中。

私は、走行中の車両を制御する加速度センサ素子のプロセス開発に従事してきました。現在開発に取り組んでいるセンサは、従来型と比べ、加速度を検出する原理自体が違います。また加工精度において、一層高いレベルが求められる点も従来型とは異なります。当然つくり方も違うため、ウェハープロセスのフロー自体から根本的に考え直していかなければなりません。計画では、2年後に量産開始を予定しています。まだまだ時間的な余裕がありそうに思えますが、量産開始が2年後だとすると、少なくとも1年前にはすべての設備装置を準備しなければなりません。残された時間は、あと1年。培ってきた経験を活かし、これまでとは違う視点からさまざまな可能性を探っていきたいと思っています。入社したばかりの頃は、右を見ても左を見ても分からないことだらけで、先輩や上司の指示に従うだけで精一杯でした。でも今は違います。自ら行動を起こし、課題を見つけ、解決のために動くのが当たり前のようになってきました。入社して5年。私にとってその時間は、数えきれないほど多くのことを学び、成長を実感できた5年でした。

研究開発 篠原 崇宏

ゼロからの製造プロセス開発、福井工場の常駐。経験するたびに視野が広がる。

走行中の車両を制御する加速度センサ素子は、過去にパナソニックで量産した実績がなく、製造プロセスを1から開発、構築するために多くの壁を乗り越えなければなりませんでした。その一例が、金津工場の量産ライン構築です。大阪の研究開発用設備で開発した加速度センサは、最終的に金津工場にある量産設備でつくられ、パッケージングし、デバイスとしての完成品に仕上げます。しかし大阪と福井の工場とでは、製造装置も異なり、素子を形成するシリコンウェハーのサイズも違います。そのため金津工場でいざ量産準備を始めると、当初計画していた歩留まり(良品率)に届かず、問題解決のために私が福井の工場に常駐することになりました。気候風土も異なり、当初は戸惑いもありましたが、現地で過ごした半年の間に生産技術、品質管理、生産現場など、さまざまな部署で頑張る大勢の人と出会い、多くのことを学びました。同じ品質の製品を安定的に生産するために、工場が数多くの検証を行って量産ラインを動かしていること。製造プロセスのほんの一部を改良するだけでも、膨大なデータを用意し、入念な準備を行っていること。開発技術者が、ともすれば見過ごしてしまいがちな製造現場のありのままに触れられたことで、違った視点からアプローチすることの大切さにあらためて気付きました。福井で過ごした半年で、プロセス技術者としてひと回りもふた回りも成長できた気がします。

私のキャリアヒストリー 私のキャリアヒストリー

希望通り、材料デバイス開発センターに配属。

就活中の面接で、「大学の研究で学んだ知識と経験を活かせるセンサ開発の仕事がしたい」との思いを伝え、希望通り材料デバイス開発センターに配属。新たな分野へチャレンジするチャンスと、期待をふくらませる。

加速度センサの製造プロセス開発を担当。

走行時の車両制御に用いられる加速度センサ。その素子をつくる製造プロセスの開発に参加し、プロセスで発生する課題の解決を担当。先輩技術者の指導のもと、素子設計のエンジニアと協力して問題解決に取り組む中で知識と技術を習得。

良品率向上に向けて、試作に次ぐ試作。

量産化に向けて技術開発が完了し、海外のメーカーから加速度センサを正式に受注。サンプル納入にむけて、ひたすら試作に明け暮れる日々。スケジュールの計画・管理の重要性と難しさを痛感。

金津(福井県)工場に半年常駐、量産立ち上げを経験。

素子をパッケージングし、デバイスとして完成した状態にして出荷するのは金津工場。常駐して量産立ち上げに取り組む。期間は半年。2014年6月、大阪復帰。

新たなプロジェクトが始動。めざすは2年後の量産開始。

量産が始まった現行モデルをさらに進化させた加速度センサの次期モデル開発において、プロセス開発を担当。工場経験を活かしながら、いかに高品質・低価格の量産品をつくるか、アイデアを練る毎日。

研究開発 篠原 崇宏

入社の決め手 入社の決め手

大学の研究室では、磁気センサを研究。就活では、最初、電子部品メーカーを考えていました。しかし多くの会社の説明会に参加する中で、デバイス単体より、それが製品に組み込まれて世の中に出て行く面白み、醍醐味を仕事を通じて実感したいと思い始め、最終製品になるまでの過程をひと通り経験してみたいと完成品メーカーをめざすようになりました。パナソニックを選んだのは、リクルーターの方を通じていろいろなことにチャレンジさせてくれる風土があると感じたから。海外で活躍できるフィールドが広いことも、理由のひとつでした。