NPO法人棚田LOVER’sの組織基盤強化ストーリー

あと5年でなくなる棚田を守りたい。3000㎡の棚田、農薬・化学肥料を使わずに米を育て、石垣を再生 幅広い活動を整理し組織の方向性を定める NPO法人 棚田LOVER’s

あと5年でなくなる棚田を守りたい。
3000m2の棚田、農薬・化学肥料を使わずに米を育て、石垣を再生
幅広い活動を整理し組織の方向性を定める —NPO法人 棚田LOVER’s

兵庫県中央部に位置する神崎郡市川町を拠点に、棚田の保全に取り組んでいる「NPO法人 棚田LOVER’s」。組織診断を受け、棚田とのつながりが見えにくくなっていた事業に優先順位をつけ、組織運営の方向性を明確にした。この1年の取り組みを理事長の永菅裕一さん、スタッフの井上瑞紀さんに聞いた。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第309号(2017年4月15日発行)掲載内容を再編集しました]

フェス、料理教室、撮影会、婚活
年間約60イベントの開催に
棚田とのつながりを問われる

NPO法人 棚田LOVER’s理事長の永菅裕一さんは姫路工業大学(現兵庫県立大学)在学中、環境問題を学んでいた。ある時、授業で訪れた兵庫県北部の香美町で農家の男性から「過疎化や労働力不足、赤字経営、鳥獣被害などにより、このままでは棚田があと5年でなくなる」と聞き、2007年に学生仲間や先生と棚田LOVER’sを結成。

「美しい景観や米の生産地としてだけでなく、地滑り防止や生態系保全にも役立っている棚田を保全するために、農業と食を盛り上げようと、学内で棚田米の試食会をしたり、仲間を募って棚田の稲刈り体験をしたりしました」

現在は市川町や香美町で、農家から借りた3000m2の棚田で農薬・化学肥料を使わずに米を育てながら、「太閤検地の時代から続く」ともいわれる棚田の石垣を再生したり、田植えや稲刈りの体験プログラムを開くかたわら、「もともとイベント好き」という永菅さんの発案で年間約60ものイベントを主催している。

写真:棚田LOVER’s 理事長 永菅裕一さん

棚田LOVER’s
理事長 永菅裕一さん

「農村と都市をつなぐ商店街での棚田米の試食会、神戸市などのカフェで食や農をテーマに意見交換する“農楽カフェ”、農村を盛り上げる音楽フェス、収穫した野菜で作る料理教室、写真家を招いて棚田を撮る写真撮影会、移住を支援するイベント……。そして、アンケートをとった農家88軒中34軒が『後継者がいない』という結果を受けて市川町で始めた婚活イベントも、今年で3年目になります。1年目は11組のカップルが成立。うち1組が結婚に至り、活動に関心がなかった地元の方からも感謝されました」

イベント参加者からは「家族のような温かい雰囲気ですばらしかった」との声もあがり、当初5人だった会員は「農や食に関心がある人」を中心に、約180人にまで増えた。一方で、棚田とのつながりが見えづらくなったことに対し、「棚田を本気で保全する気があるのか」「何をやっている団体かわからない」という厳しい声も寄せられるようになった。

NPO法人棚田LOVER’sの集合写真
写真:稲刈りの様子

ヒアリングとミーティングを重ね
ミッション、収益、地元とのつながり
優先順位を考える

写真:棚田LOVER’s 井上瑞紀さん

棚田LOVER’s
井上瑞紀さん

そこで永菅さんらは、2016年からPanasonic NPOサポートファンドの助成を受けて組織診断に取り組むことを決意。棚田LOVER’sで棚田保全やチラシづくりに取り組む井上瑞紀さんは、当時を振り返ってこう語る。

「大学卒業後、就職のために2年ほど地元を離れた後に市川町へ戻り、棚田LOVER’sの活動を知りました。“地域おこし”に役立ちたい思いからスタッフになったのですが、活動の幅が広すぎる感じがしました。かといって内部にいる私たちには、問題をどう整理すればいいのか分からなかったんです」

組織診断は、地元の中間支援組織である「認定NPO法人 市民活動センター神戸」からコンサルタントを迎えて行われた。その中で、「これまで理事長の熱い想いとやる気だけで乗り切ってきた組織ですが、今後、事業にどう優先順位をつけ、何を基盤としていくのか? 何度も話し合いを重ねながら少しずつ自分たちの中から導き出されていった」という。

「コンサルタントの方は情熱的で、時に厳しくも、親身になって寄り添ってくれた。1年で10回。長い時は3、4時間かけて、私たちの意見をもとに組織のミッションや主力事業、対外状況、マネジメント状況などを客観的に整理してくれました」と永菅さんは振り返る。

写真:棚田LOVER’s 理事長 永菅裕一さん

「たとえば事業内容に関しては、20年近くNPOにかかわっている税理士さんにも入ってもらい、ミッション性が高いものと収益性が高いものに分け、たとえ両方が低い事業でも地元とのつながりが強いものは残していくというように、一つずつ丁寧に優先順位をつけ、仕分けしていきました」

ヒアリングの前後に組織内でミーティングを重ねることでも、診断内容をさらに掘り下げた。その結果、「米を育てる体験をさらに強化して事業の基盤とし、そこから棚田に興味をもってもらう」という組織の方向性が明確になり、「生き物・食・農の大切さを、実践を通じて伝え、美しい棚田を未来につなげる」という新たなミッションが完成した。

一人1.5m四方の田で米を育てる体験
自主事業で安定収入を増やしたい

そして、活動の内容にも変化が現れ始めている。
たとえば、今年で4年目の「棚田エコ学園・棚田米育てコース」というプログラムでは、「昨年までは参加者に楽しんでもらえるように、古民家カフェでの米粉スイーツ作りなど、多岐にわたる内容を盛り込んでいましたが、今年は一人につき1.5m四方の専用の田んぼを割り当て、米を育てる体験という軸を1本通すことにしました。私たちの活動が外から見えやすくなることで、協力者も増えるのではないかと期待しています」と井上さんは話す。

写真:棚田LOVER’s 井上瑞紀さん

そして永菅さんは「現在は収入の70パーセント近くを助成金・補助金が占め、自主事業によるものは25パーセント程度ですが、米を育てる体験の質を上げることで参加者を増やして安定的な収入とし、この割合を上げていきたい」と意欲を見せる。

助成事業2年目の今年は組織基盤強化に取り組む。これまでにも「全国の棚田保全団体が集まる“棚田(千枚田)サミット”を兵庫県で開きたい」「放棄された棚田を再生したい」という夢の設定はしてきたが、実現に向けて具体的に、いつ何をすべきか「長期ビジョン」に組み入れるところまでは至っていなかった。
「今年は、養父市で自然の力を活かし、米を育てている先進事例を視察した後、8月に、理事・スタッフ・会員が参加する合宿を開いて、長期ビジョンや運営方針を固めていきたい。春には新しいスタッフを二人迎えることになり、人材育成にも取り組みます」

これから数年は米を育てる体験を強化しつつ、組織基盤を整えていくが、夢は大きい。
「たとえば、市川町のおいしい水をブランド化することで、その水で育てた米のブランド力をさらに高めたり、稲わら細工など、田んぼに親しんでもらう体験プログラムを開いたり。活動に興味をもってくださる福祉団体などと連携し、参加者の層を厚くして、いずれは海外からの観光客も巻き込んでいけたらと思っています。そのためにも組織基盤強化を着実に進めていきたい」

写真:NPO法人棚田LOVER’sの看板

[団体プロフィール]NPO法人棚田LOVER’s
2007年設立。棚田保全の農作業体験や都市・大学での普及啓発活動を通して、都市と農山村の交流を促進し、持続可能な循環型社会を目指す。「第14回オーライ!ニッポン大賞審査委員会長賞(2017年3月)」受賞。永菅理事長は「JAPAN OUTDOOR LEADERS AWARD2017」ファイナリスト10人に選ばれる。

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