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いきいきライフデザインマガジン

第6回(前編):超高齢社会の安全・安心な移動のあり方 第6回(前編):超高齢社会の安全・安心な移動のあり方

大阪大学大学院 工学研究科地球総合工学専攻 交通・地域計画学領域教授

土井健司 先生

元気で活動的なアクティブ・シニアが増える中で、高齢ドライバーによる事故をはじめ高齢者の交通事故増加が大きな社会問題となっています。高齢者が日々をいきいきと活動的に暮らすために、運転時、どのような点に気をつけたらよいのか。そして、どんな移動手段や交通安全対策があればいいのか。都市交通計画の専門家である土井健司先生に、超高齢社会の安全・安心な移動のあり方を伺いました。

これからの移動は「安全・安心」「健康・環境」を重視 これからの移動は「安全・安心」「健康・環境」を重視

日本では人口減少時代を迎え、生活空間と都市機能をコンパクトに集約した複数の拠点間を公共交通で結ぶコネクティド・コンパクトシティ化が進んでいくと考えられます。こうしたまちづくりが進んでいけば、車による長距離の速い移動は必要がなくなり、車を使う場合も短距離を中・低速で移動することが求められることになります。
また、超高齢化に伴って通勤する人が減るわけですから、郊外から都心まで長距離を速く移動する必要がなくなり、短距離を急がなくていいから安全に確実に移動できればいいというふうに、移動のニーズが大きく変化していきます。
都市部に住んでいる人たちが移動に際して何を重視するかを調べたところ、高齢になるほど「安全・安心」や「健康・環境」を重視していることがわかりました(図1)。

図1 超高齢社会の移動ニーズ

出典:土井健司:高齢者や高次脳機能障害者にやさしい交通手段,高次脳機能障害者の自動車運転再開とリハビリテーション Vol.3, 2016.

また全世代において要望が多いのが、①住宅地内の道路における速度の抑制、②まちなかでの歩道・自転車道・車道の完全分離、③都心部の道路における速度の抑制、④自転車と車の中間のパーソナル移動手段でした。
この中で、一人住まいの高齢者(後期高齢者中心)の要望が多かったのが「パーソナルな移動手段」と「自宅近くで乗り降りできるディマンドバス」のニーズです(図2)。高齢者の中には公共交通を使いたくないという方も多いので、超高齢社会では公共交通の便利化と同時に、パーソナルな移動手段も含めた複数の選択肢を用意することが必要と言えます。
ただ、健康面の観点からするとの観点からすると、公共交通にしてもパーソナルな移動手段にしても、10メートルから100メートルくらいは必ず自分の足で歩くプロセスを組み込んだ仕組みづくりが大事になります。立って太ももの筋肉を使うことが、身体機能や生理機能の維持に効果があると言われているからです。これからの都市再生、健康のためのまちづくりにおいては、徒歩とスローモビリティを中心に据えた交通ネットワークの構築が必要となってきます。

図2 超高齢社会の移動ニーズ

出典:土井健司:高齢者や高次脳機能障害者にやさしい交通手段,高次脳機能障害者の自動車運転再開とリハビリテーション Vol.3, 2016.

弱者を保護するのではなく、最優先する社会へ 弱者を保護するのではなく、最優先する社会へ

最近は高齢ドライバーによる事故が問題になっていますが、実際の割合からすると、高齢者が被害者となる事故が多く、交通事故で亡くなった方の55%を高齢者が占めています。
歩行中に亡くなっているのが5割で、その内の8割弱が横断中に亡くなっています。とくに横断歩道を渡らず乱横断して亡くなっているケースが70%を超えています(図3)。ここを防ぐだけでも 死亡事故がかなり減らせますね。本来は道徳観が高いはずの高齢者の乱横断は、社会規範に直結する問題でもあり、安全に対する社会のあり方を変えていく必要があると考えています。
たとえば、日本の自動車交通事故の問題は基本的に都市内でのスピードの出し過ぎにあるので、イギリスやフランスのようにまちなかは制限速度を30kmにするなどの安全対策が必要ではないかと思います。
これまでの交通安全対策は「弱い人を守ってあげましょう」という発想でしたが、これからは「弱者を最も優先する」「弱者こそが決定権を持っている」というユニバーサル・デザインの考えをもとに安全を確保し、すべての人が道路や移動手段を利用しやすいアクセシビリティ、社会的ユーザビリティを設計していく必要があると思います。

図3 高齢者の死亡事故の背景

出典:Kenji Doi, Takanori Sunagawa, Hiroto Inoi and Kento Yoh: Transitioning to safer streets through an integrated and inclusive design, IATSS Research Vol..39, Issue 2, 2016.から抜粋

高齢ドライバーが事故を起こす理由 高齢ドライバーが事故を起こす理由

一方、高齢ドライバーの事故の要因のひとつとして、若い時と同じ感覚で運転できると思っている点、自分の運転技術を過大評価している点などが挙げられます。ある調査によれば、高齢ドライバーほど「自分は運転が上手い」と自信を持ち、とくに75歳以上のドライバーは「危険回避能力が強い」と自分の運転技術を過大評価しているとの指摘があります。
このような心理的な問題のほかに、高齢になると安全確認に必須である首振り確認ができなくなるという身体能力の問題もあります。65歳からこうした身体能力の低下は起こり、75歳からは生理機能の低下によって事故が増えていきます。とくに問題なのが、物事を意識して処理する能力が衰え、外部刺激に対する余裕がなくなることです。とっさのことに判断ができなくなって、追突事故を起こす。あるいは、加齢と共に行動抑制機能が低下するので、あぶないと思ったときに、ブレーキではなくアクセルを思いきり踏んでしまうという事態が起こってしまいます。
無事故無違反でやってこられたベテランドライバーの方も、一度や二度はひやっとした経験をお持ちではないでしょうか。日頃から運転技術や判断力を過信せず、加齢による衰えを認めて、自分の状態に見合った安全運転を心がけてください。

高齢ドライバーの事故を防ぐために社会ができること 高齢ドライバーの事故を防ぐために社会ができること

高齢ドライバーの事故を防ぐためには、運転の技能や判断力の衰えについて本人が自覚し、適切なフォローアップを受けられるような社会的取り組みが必要です。
運転技術や判断力が衰えてきたら、車に乗れない不便さと事故を起こすかもしれないリスクを秤にかけて、本人に納得してもらったうえで、免許の返納を促す働きかけを進めるべきでしょう。地方自治体では、免許を返納された方にタクシーチケットやバスの優待券を渡すなど、免許を返納しても社会参加が低下しないような取り組みを始めています。各自治体のホームページなどで、免許返納支援サービスを調べてみてください。
また、運転免許の返納を促す取り組みの一方で、高齢者が安全・安心に運転できる期間を少しでも長く延ばし、運転を通じた社会参加を促していくことも大切です。
海外では日本のような定期的な免許の更新制度がないので、自分の運転がおかしいと思ったらコーチングを受けるという制度や文化があります。日本では70歳以上の方の免許更新時に認知症テストが行われていますが、技術面や教育面でのフォローも必要ではないでしょうか。たとえば、自動車教習所と保険会社が連動して、コーチングを受けることで自動車保険料が安くなるとか、安全対策を講じた人には税の控除があるなどの仕組みができるといいと思っています。
それから、ブレーキとアクセルを同時に踏むのは、オートマチック車特有の事故です。ヨーロッパにはオートマチック車はほとんど走っていないので、そうした事故は起こりません。運転に向かない人も運転できるようにしているのがオートマチック車です。高齢ドライバーの事故を防ぐためには、簡単なオートマチック車ではなく敢えてマニュアル車にするなど、多少の不便を安全に変えるという発想が必要だと思います。
いずれにしても、これからの超高齢社会では、加齢による身体能力の衰えや生理的機能の変化を考慮した上で、高齢ドライバーが少しでも安全・安心に運転を続けられる技術やサポートの開発が必要ですね。

土井健司(どいけんじ)先生プロフィール

1960年 愛媛県生まれ。
名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程修了。東京工業大学大学院情報理工学研究科助教授、香川大学工学部教授を経て、2012年より大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻 交通・地域計画学領域教授。
専門は都市交通計画、モビリティデザイン、都市デザイン。持続可能な都市交通戦略の立案と実践をテーマに、「超高齢都市におけるスローモビリティ」「社会的ユーザビリティ概念に基づく道路空間の安全かつ包摂的な利活用」「アジアにおけるスマートライフを実現する知的統合交通」などの課題に向けて活躍中。

編集後記 編集後記

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

先生のお話では、道路交通の問題は、①優先順位、②走行速度、③まちのサイズがポイントで、解決策は①交通弱者を最優先に、②都市内でのスピード制限、③まちや道路のコンパクト化、とのこと。今までにない超高齢社会の到来に、まちのユニバーサルデザインについて色々考える必要がありそうですね。次回は運転をされる方をサポートする最新のカーナビについて、先生にお試し頂いてご意見を伺っています。