イベントレポート

パナソニックセンター東京では、年間を通じて様々なイベントを実施しています。
ご来場やイベント申し込み前に、動画やWebページでイベントの様子をご確認いただけます。
ぜひ、イベント内容、会場の雰囲気をご覧ください。

Diversity & Inclusion「多様性を考えよう~いろんな違いをいくつもの価値へ」Vol.9イベントレポート

パナソニックセンター東京では、これまで多様性について考える機会を提供し、D&Iの考え方を広める活動を継続して展開してまいりました。コロナ禍で、リアルイベントの開催が難しい状況下ではありますが、オンラインを活用し、インナー(社員)を対象にしたD&Iイベントを開催しましたので、ご紹介いたします。

2020年7月3日、パナソニックセンター東京にて、ダイバーシティ&インクルージョンイベント「多様性を考えよう~いろんな違いをいくつもの価値へ~」を開催しました。

■第一部

第一部では、多様なバックグラウンドを持つ登壇者に、各自が持つマイノリティについてお話いただきました。

見えないけれど、あなたの周りにも存在しています

女子サッカーチーム、スフィーダ世田谷所属 下山田志帆さん
昨年2月、同性のパートナーがいることを、日本の現役アスリートとして初めて公表。

セクシャリティについて悩み始めたのは中学時代。周りは早熟で、男子にキャーキャー言っていましたが、私はどこか違和感がありモヤモヤと過ごしていました。高校ではサッカー部に入部。女子高ということもあり、女性同士の恋愛は許されている雰囲気がありました。そんな環境の中で徐々に自分を認めることができていた頃、チーム内の先輩カップルが指導者達に呼ばれ、別れるよう指示される事件がありました。それは瞬く間にチームに知れ渡り、自分の性自認が分かっていた私は、怖くて言うことができなくなりました。
ショッキングな事件は大学でも。ある先輩と女性同士の恋愛について話していた時のことです。先輩は「女性を好きだなんて勘違いで、普通じゃない」と笑い飛ばしました。「ああ、この先輩がチームにいる間は絶対にバレてはいけない」と強く思いました。LGBTQは目に見えない違いのため、自分の周りにはいないと思われていることがあります。そのため、悪気のない言葉の刃で傷つけられることは度々起こるのです。

昨年の春、LGBTQの当事者であることを公表してからは、自分らしくいられる居場所を見つけたような感覚です。絶対的な安心感があり、安定したパフォーマンスにつながっています。これまで日本には、LGBTQをオープンにしたスポーツ選手はいませんでした。しかし、私自身がこうして存在を発信することで、日本社会を少しずつ変えられたらと思っています。

「私の足がない?」意味がわかりませんでした

村上清加さん
右足を切断し義足に。結婚、出産を経て、義足のスポーツクラブで強化選手として活躍。

今から11年前、私は事故で右足を切断しました。その日は体調が悪く、駅のホームに着いた時に貧血で転倒。運悪く電車が来てしまい、轢かれてしまったのです。目が覚めた時は病院のベッドの上。医師から、命を守るために右足を切断したこと、義足を使えば歩けるようになることを告げられました。「私の足がない?義足?」意味がわかりませんでした。でも足が傷むので夢じゃない。自分の足を見るまでに3日かかりました。
それから、すぐに前を向けたわけではありません。障がい者のレッテルを貼られたと感じたとともに、自分が健常者と障がい者を区別していることにも気づき悩みました。ただ、両方の気持ちが分かる私に、何かできることがあるのではないかと思い始め、「私はこれから、義足で暮らしていく」と決めました。

村上さんはパナソニックのBeautiful JAPANプロジェクトにも参加しています。

2011年、義足の友人を求めて、スタートラインTokyoという義足のスポーツチームに参加。選手達を見て「本当に義足で走れるんだ。私もここで仲間とキラキラできるかもしれない」と勇気が湧きました。
現在は2021年のパラリンピックを目指して練習をしています。コロナ禍で大会が延期されたため、育児もしている身で続けられるのか迷いもあります。しかし、ピットからの世界を見てみたいですし、できる限りやっていきたいと思っています。

総務部長のカミングアウト「明日から女性として出社します」

株式会社電通東日本 経営企画部長 岡部鈴さん
会社員の立場からLGBTを発信。当日はリモートでの参加となりました。

50歳手前の典型的な中間管理職だった私は、全ての役員、社員に全社一斉メールでトランスジェンダーであることをカミングアウトしました。金曜日の5時31分。マウスのボタンをクリックして、逃げるように席を立ちました。もう戻れない。振り向かないと思いながら。

私はこれまで、おおむね順調な人生を歩んでいました。その反面、人生に後ろめたさの様なものがありました。心の奥底へ、何重にも鍵をかけて閉ざしていた疑問。“なぜ私は男性として生まれてきたんだろう”。女性への嫉妬やコンプレックスがあり、常に誰かと交際していました。付き合う女性に自分を投影していたんですね。
40代半ばに、私は初めて新宿二丁目のゲイバーを訪れました。そこで見たものは、マイノリティを認め、明るく生きる人達の姿。すると、心の奥底に沈めたはずの疑問が浮かんでくるのを感じました。“もっと自分に正直に生きてみたい”。それからは女装にも挑戦しました。メイクを練習し、女性ホルモンも打ちました。ただ、少しずつ変わっていく私の様子に、同僚達は「岡部さん大丈夫?」という雰囲気に。当時、私は総務部長という立場でしたから、社員を疑心暗鬼にさせてはいけない、女性として生きて行こうと決めました。
ダイバーシティに関する考え方は変わってきていますが、それでも気軽にオープンにできるわけではありません。社会を変えていく原動力は、当事者の「私はここに、生きている」という宣言。少しでも差別や偏見を和らげるような社会を目指すことが、私の責任であると思っています。

もし、部下にLGBTQであると告白されたらどうしたらいい?

カミングアウトされることは、信頼の証です。是非、ありがとうと伝えてあげてください。そして、具体的に困っていることなどを聞きます。一番大事なのは、どこまでオープンにしたいか、したくないかの確認です。必ず行ってくださいね。(岡部鈴さん談)

LGBTQの企業人として生きること

ラリー・ベイツさん
パナソニック株式会社 常務執行役員兼法務コンプライアンス本部長

私はアメリカのコネチカットという小さな町で生まれました。まだ「ゲイ」という言葉すら知られておらず、自分のセクシャリティに疑問を持ちつつも、自分が何者で何を求めているかを考えないよう勉学に打ち込んでいました。
アメリカで弁護士としてのキャリアをスタートし、その後中国へ渡りました。後に私の夫となるパートナーと出会ったのも中国です。日本に渡ったのは1980年代。当時勤めていたGEさんには、同性同士のパートナーには医療保険を提供するというありがたい制度が存在しました。私にとっては絶好のチャンスです。しかし、そのためには正直にカミングアウトすることが必要でした。また、さらに大きなターニングポイントとなったのは、2人の養子を迎えた時です。“もう隠せないし、後戻りはできない”と感じましたね。
さて、私はLGBTQの企業人として生きる上で、二つの教訓を得ました。一つ目は、「カミングアウトは一回きりではない」ということです。周囲の人からプライべートについて質問される場面は多々あり、その度にカミングアウトが必要となります。カミングアウトは終わることのないプロセスなのです。二つ目は「カミングアウトは、本当の自分を見せることと等しい」ということです。自分は何を信じて、何を尊重しているかを表明することは、結果的に周りの信頼を得ることにつながるのです。
パナソニックは、この10年で大きな変革をしています。私自身、その一員となれることを光栄に思います。現在、役員の中にも様々なバックグラウンドを持った人材を登用しています。「企業にとって多様性が必要である」という考えは非常に重要だと思います。

LGBTQのQって?

  • L(レズビアン)は性自認が女性の同性愛者
  • G(ゲイ)は性自認が男性の同性愛者
  • B(バイセクシュアル)は男性・女性両性を愛することができる人
  • T(トランスジェンダー)は主に身体的な性別と性自認が一致しない人

上記のどれにも当てはまらない人や決めたくない人も存在するため、「Queer(クィア)」もしくは「Questioning(クエスチョニング)」の意味を持つQで表しています。

出典:https://jobrainbow.jp/magazine/whatislgbtqia

■第二部

第二部では、プライドハウスコンソーシアム、虫めがねの会代表の鈴木茂義さんが司会となり、パネルディスカッションを行いました。

鈴木茂義さん。シゲ先生と呼ばれている。
プライドハウスコンソーシアム虫めがねの会代表、小学校教諭。ご本人もオープンリーゲイであり、子ども達や保護者にもオープンにしている。

-人との違いを受け入れるまでや、受け入れた瞬間を教えてください。

下山田さん:大学時代、友人にカミングアウトした際「そんなの知っていたよ、今更何?」と何でもないことのように言ってもらえたんです。「これが自分だから、自分でいよう」と思えました。

岡部さん:私も同じですね。男性だった頃しか知らなかった同級生から、「髪が長くても、女でも、岡部は岡部じゃん」と言ってもらえた時には、自分の目指す場所は正しいと認識できました。

シゲ先生:周りの人から、その人が存在すること自体を承認してもらうことが重要なのですね。

村上さん:義肢装具士さんが私のために、魂を込めて義足を作ってくださる様子を見て、義足を履くことを誇らしいと思え、堂々と生きて行こうと思いました。
しかし、子どもが産まれてからは、再び悩むこともあります。2歳になる子どもが道路を飛び出しそうになった時、私はすぐに走ることができません。こんな危険な思いをさせてごめんね、とネガティブになることも。でもどんなに願っても足は生えてきません。私なりに工夫をしながら生きていくしかないなと思います。

シゲ先生:事故に遭った直後だけでなく、自分を問い直す作業は続くのですね。

ラリーさん:アメリカは日本より進んでいると思われがちですが、小さな町ですとそうではなく、宗教上罪とされてしまうことも。日本は罪の意識がないのは救いだと思います。今後の課題は当事者が自分を認めるために、どのような協力を行っていけるかだと思います。

-社会的マイノリティの立場から見て、より働きやすい職場をつくるために必要なこととは?

村上さん:どういう時に困るのか、どういう時に手伝えばいいかなどを聞いていただくと、とても助かります。良かれと思ってしてくれたことが逆に作用する時もありますが、初めから全てうまくいくわけはありません。一緒に話して改善していけたらと思っています。

ラリーさん:トップから「パナソニックは多様性を必要としている。多様性があるからこそ、企業は強くなれる」と、発信していくことが重要だと思います。これにより、様々な意見やパワーを吸い上げることができるでしょう。

プライドハウス東京とは?

プライドハウスコンソーシアム 松中ゴンさん

今回、イベントの開催にあたり、プライドハウス東京の皆さんにご協力いただきました。プライドハウス東京は、多様性をテーマに掲げる2020年東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに、LGBTの選手やその家族や友人、そして観戦する方々が、性的指向・性自認(SOGI)に関わらず安心して集い、より多くの人々に知見を深めてもらう場をつくるプロジェクトです。