1953年(昭和28年)

中央研究所を建設

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中央研究所の社屋(現生産技術本部)

技術革新に本格的に取り組む

技術部門の本格的な充実強化と生産設備の新鋭化にも積極的に取り組んだ。テレビの研究は1950年から再開。また乾電池については、アメリカの有力な乾電池メーカーと技術提携を行うことも検討したが、独自技術で開発することを決意して、1954年4月に高性能のハイパー乾電池の開発に成功した。

1953年には新しく中央研究所を建設した。この研究所は基礎研究と各事業部の製品開発を指導援助するだけでなく、オートメーション時代に対応して、新しい機械設備、治工具の研究開発、また製品デザインの研究指導も包含した総合的な研究施設として、その後の家庭電化時代の推進力となった。

それまで、デフレ下の苦しい経営状況の中で生産設備の更新、自動化を実施してきたが、1953年の経営方針発表会で社長は「優良品を生産するために資金の許す限り生産設備を新鋭化する」との方針を発表し、本格的な生産体制の整備を始めた。翌年には戦後の混乱で中断していた「総合技術委員会」と「製品審査制度」を復活させた。

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完成した中央研究所の内部