7-4. 心からの拍手

熱海での会議が終わった約3週間後、幸之助は自ら営業本部長代行となった。"会長の第一線返り咲き" に世間は一様に驚いたが、「非常時には非常時のやり方がある」と幸之助は意に介さなかった。病気療養中の営業本部長の机の横に自分の机を置き、毎日のように出社した。幸之助が打ち出した改革構想は「一地域一販社制」「事業部、販社間の直取引」「新月販制度」の三つ。大改革だけに利害の対立が各方面で起こったが、幸之助は先頭に立って、理解を得るため奔走する日々が続いた。

「松下さんがそこまで言うなら……」「待ってください。そんなんではまだ十分とはいえまへん」「やってみようというのに何が不服なんです?」「心からの賛同をいただくまで、説明を続けさせてもらいます」

言うは易く行うは難し----。この改革は、関係者全員の強い意思統一のもとでなければなし得ない。幸之助はそう思い、販売会社や代理店、販売店での説明でも満場一致の拍手で積極的な賛同を全員から得るまでやめなかった。文字通りの"ヒザ詰め" での懇談も重ねた。やがて、新販売制度は軌道に乗り、苦しかった販売会社・代理店の経営も回復し始めた。

昭和40年、「勲二等旭日重光章」を受章した幸之助に、全国の販売会社・代理店から「天馬往空之像」が贈られた。「共存共栄」の信念で改革を断行した幸之助への感謝、そして心からの信頼の表れであった。