59. 店員養成所を開校 1934年(昭和9年)

所主は早くから「事業は人なり」の信念に立ち、人材の育成にはことさら意を注いできた。所主は大正11年に大開町に第1次本店・工場を建設したころから、人材を育成する機関として、「物の生産と教育が同時に行える工場学校」をつくりたいという夢をもっていたほどである。

それから10数年たち、この夢は実現されることになった。門真地区に進出した際に、「店員養成所」をつくったのである。この養成所は、昭和9年4月、小学校卒業者を対象に、3年間で旧制中等学校5年間の商業・工業課程修了と同程度の学力をつけるとともに、人間的修養を加え、卒業と同時に実務ができる店員を養成することを目的に開校された。

これは昭和10年12月、「社員養成所」と改められた。続いて、昭和11年5月には、「工員養成所」も併設された。

なお、この養成所は、その後、太平洋戦争の激化のために、閉鎖を余儀なくされた。