■1951年 我々の生活はこれでよいか?
この広告が打たれたのは1951(昭和26)年のこと。その年の1月、松下幸之助は経営方針発表会で「再び開業する心構えで、世界的な経済活動に乗り出そう」と説くと、直ちに初の海外視察へと旅立った。向った先は繁栄の絶頂にあったアメリカである。家庭電化も各段に進んでいた。そうしたアメリカ社会のありさまを目の当たりにした幸之助の心境をダイレクトに言い表したのが、表題の「我々の生活はこれでよいか?」である。同時にこの広告は、日本の家庭電化に打って出るという、幸之助の挑戦宣言でもあった。この年、当社は洗濯機を発売する。そして1952年には白黒テレビ、1953年には冷蔵庫と続く。こうして「三種の神器」が出揃うと、当社は「限りなく優良品を世の中に、そして豊かな電化生活を人々に」とうたう企業メッセージを掲げ、「明るいナショナル」のコマーシャルソングを奏でながら、「松下電器五ヵ年計画(1956~1960)」へと駒を進めるのである。