長野

昭和50年、山岳交通の安全に新たな道しるべ。

「自動車はどんどん増えているけれども、その自動車を走らせる道路はといえば、急増する自動車を受け入れるに十分なだけ整備、拡充されているとはいいがたいように思う」――高度経済成長期の真っ只中、創業者松下幸之助は、自動車と道路のアンバランスが交通問題の原因ととらえていまいした。

総務省データによると昭和35年当時、国内の保有自動車数は約340万台。過去5年で倍増し、40年には800万台をこえました。自動車の急激な増加に対し道路や信号の整備は追いつかず事故が急増。事故死者が年には国内最悪1万7000人近く、長野県でも47年に337人に達しました。

社会的問題へ、早急な対応を松下幸之助は訴え続けました。事業も自動感応式信号や道路照明を開発し、交通分野へ参入。日本アルプスを擁する長野県では特に山岳道路ならではの安全にひと役かってきました。50年には当時長さ日本一を誇った恵那山トンネルに『交通量 計測システム』や『照明設備』。雨による土砂崩れなどが問題だった松本・上高地間に気象、事故を監視する『道路・トンネル防災システム』。その後も、平井寺トンネル開通時に『総合監視システム』などを納入してきました。みなさまとの取り組みのもと、長野県の悲しい事故被害は平成27年に約5分の1に低減。これらシステムが、交通問題解決の道を切りひらくお手伝いをしてまいりました。

大正7年の創業以来、私たちがここまで歩んでこられたことは長野のみなさまをはじめとする、たくさんの方々のご愛顧とご信頼の賜物と心より感謝申し上げます。これからも変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

おかげさまで、パナソニックは創業100周年を迎えました。