社員紹介

営業 宮田 大資

溶接機を中心に、スマートファクトリー化を提案していきたい。 溶接機を中心に、スマートファクトリー化を提案していきたい。

「正直、ショックでした…」。パナソニックへ入社が決まり、配属が「溶接システム部門」と伝えられた時の思いを宮田大資は素直に語った。くらしに役立つ身近な家電の営業になりたくてパナソニックをめざしたのだ。なのに溶接…!? イメージもできないほど、自分の生活から遠い存在だった。そんな宮田が、今ではまわりの誰より溶接機やロボットに愛着をもっている。所属する部署に揺るがない誇りをもっている。何が宮田を変えたのだろうか。

学生時代、宮田は発展途上国で住居建設のお手伝いをするボランティア団体に所属していた。「生活の基盤となる家を、希望とともに築く」という理念に賛同し、実際にフィリピンでの活動にも参加。帰国後も継続的なボランティア活動をめざして、大学内にフェアトレードを普及させる団体を仲間と立ち上げた。大学生協にも直接交渉し、フェアトレード商品を仕入れて構内で販売してもらった。人や社会にお役に立ちたい気持ちが強くなる一方、ものを企画して売ることに達成感も感じた。人と話すことは、もともと大好きだ。就職へのアウトラインが見えてきた。「くらしに貢献する商品を扱うメーカーの営業になろう」。そして大阪の守口市で生まれ育ったことを考えれば、地元のパナソニックを選ぶのはごく自然のことだった。

内定後、宮田に伝えられたのが冒頭に紹介した「溶接システム部門」への配属だ。「くらしに密着した家電」を扱いたいと思っていただけに、ギャップが大きすぎた。モヤモヤを抱えながらの社会人生活が始まった。追い打ちをかけるようにリーマンショックが起き、業界の動きは停滞。売上の数字が上がる術もなく、職場には閉塞感が漂っていた。内勤で販売管理をしていた宮田は進退も頭によぎったが、意を決して行動に出た。自主的に顧客リストを作成し、人生初の飛び込み営業にチャレンジしたのだ。無謀とは思えたが、現状を打破したかった。歩いて、歩いて、歩いて、たどり着いた町の鉄工所。従業員2人きりの小さな工場が、溶接ロボットを契約してくれた。初めて自ら形にした成果だ。打合わせとテストを幾度も重ね、納入がすんだ最後にお客さまが声をかけてくれた。「ありがとう。これからも頼むわ」。その一言が宮田の志に火を付けた。

以降、営業部門の最前線へ異動したのをきっかけに、溶接機やロボット、レーザー加工機を主力商材にコツコツと成果を積み重ねていった。個人経営の工場から大手企業まで。業種も自動車や建設機械、造船、鉄鋼、鉄道車両、農業機械など、さまざまなジャンルへ広がっていった。考えてみれば「溶接」はモノづくりの重要な工程。宮田が以前こだわっていた家電はもちろん、車や交通機関、ビル、住宅などいたるところで必要とされ、くらしや社会に広く貢献している。かけがえのない製品たちだ。しかも、部署を超えて頼もしい仲間がいっぱいいる。ちょっと時間はかかったけど、もう迷いはない。製品たちと仲間たちが、宮田を成長させてくれた。

現在、宮田には大きな目標がある。まずは2020年までには、国内の溶接機・ロボット業界で他社を突き放してトップシェアを勝ち取ること。次は海外営業にも視野を広げ、パナソニックをグローバル市場でもトップブランドにすること。しかし、それだけに留まらない。「『溶接』を突破口にして工場まるごと最適化、いわゆるスマートファクトリーへ提案を広げていきたいと思っています。ワクワクする仕事でしょ!」。宮田の夢でもあるが、これから入ってくる後輩たちの夢になるに違いない。

仕事場と宮田 大資さんの写真
宮田 大資さんの写真

営業
宮田 大資(みやた だいすけ)
コネクティッドソリューションズ社
2008年入社 法学部卒

残念ながら、カリスマ性も求心力も持ち合わせていないと謙遜する。
「器用じゃない分、愚直に努力している姿勢で、まわりをひっぱれるようになりたい」。
いわば背中で語る男。この先きっと、たくさんの後輩がその背中を追いかけるはずだ。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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