社員紹介

営業 奥田 康介

小さなデバイスから、より良い世界をご提案したい。 小さなデバイスから、より良い世界をご提案したい。

母は若い頃、バックパックひとつで、世界を歩き回ったという。その時の話を、子どもの頃からよく聞かされていたからか、奥田康介にとって海の外の世界は、どこか遠くにある場所ではなく、いつかきっと行く場所であった。大学生になると、母と同じようにいくつもの国を旅した。英語は得意ではなかったけれど、生まれも、文化も、何もかも違う人たちと、確かに心を通わせたと思える体験を重ねた。旅の空の下で考えたことは、世界と日本のこと。その日々が「日本の技術力を使って、世界中の人々のくらしをより豊かにしたい」という想いを育てていった。彼が就職先に、当時のパナソニック電工(現:エコソリューションズ社)を選んだのは、綱領にあった言葉「社会生活ノ改善ト向上ヲ図リ、世界文化ノ進展ニ寄与センコトヲ期ス」が自分の気持ちと合っていたこと、そしてそれを実現する技術力がここにはあると思ったからだった。

配属されたのは、電設資材の国内営業。配線器具や照明、エアコン、太陽光パネルなどの電気設備を、地域の販売代理店や電気工事会社に販売し、協力しながら、施主の方のお困りごとに応えていくのが仕事だ。勤務地は岐阜。訪れたこともない土地だったから驚きはあったが、構わなかった。国内で力をつけてから海外との仕事をしようと考えていたから、どこでも大歓迎だった。しかし、いきなり壁にぶつかった。「最初は右も左も分からず、手探りの毎日でした。苦しいなって思った時期もありましたが、先輩たちの力を借りながら、お客さまのところに毎日通って。少しずつ、少しずつ。全然相手にしていただけなかったお客さまに、ある日『よっしゃ、今日は奥田君の話聞くわ』って言われた時は、泣きそうになりました。今では、岐阜をもうひとつの故郷みたいに思っています」。

電設資材の営業として6年。海外をめざすなら、そろそろ次のステップに進む時だ。彼は社内公募制度(eチャレンジ)を使って、オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社への異動を志願した。「異動と言っても扱う商品も違いますし、仕事の進め方も全く違うので、転職したみたいな感覚です。でも、海外へ日本の強みを売るには、ここが一番いいと思ったんです」。

現在は、担当の電機メーカーさまが開発している新製品に、半導体、回路部品、機構部品、電池といったパナソニックの電子デバイスで貢献するのが仕事だ。お客さまが必要とされるものについて徹底的に考え抜き、最適と思えるデバイスをご提案する。時には、生産・開発・販売といった各部門で協力し、新たなデバイスをつくり出すことだってある。「こうした仕事のなかで、もっとも重要なのが、お客さまのお困りごとをいかに引き出せるかです。コミュニケーションの力。学生時代の旅のなかで、そして岐阜での営業で培ってきたことが、全部今につながっているんです」。

提案が実際に採用され、デバイスが納品される際には、グローバルに生産拠点を持つお客さまのため、各地域の工場など世界中にいるパナソニックのメンバーと協力して、安定供給へ向けた取り組みを行っている。「海外の販売会社と連日メールや電話をしていますし、時には現地に出張も行きます。毎日のように海外と接点のある仕事をさせてもらっていて、10年前、漠然と描いていた夢が実現し始めているんだなって実感しています」。夢にはまだ先がある。それを追い求める彼の旅はこれからも続いていく。

仕事場と奥田 康介さんの写真
奥田 康介さんの写真

営業
奥田 康介(おくだ こうすけ)
インダストリアルソリューションズ社
2009年入社 商学部卒

いつか海外で働く時のために、休日には、3歳の子どもにアニメ映画のDVDを英語で、しかも字幕なしで観せることも。子どもがどんどん吸収している姿に感心しつつも、負けないよう自らも勉強の日々。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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