社員紹介

営業 港 優美

自動車の大変革時代を世界のカーメーカーとともに盛り上げたい 自動車の大変革時代を世界のカーメーカーとともに盛り上げたい

突然、「クルマは興味ある?」と聞かれた。入社して人事の担当と配属希望について話している時だった。正直、全然ない。運転さえしない。うん、ハッキリ言おう。そう思った時、「ドイツに関わる仕事できるよ」と言われてグラッときた。家電をやりたくて入った会社。だけど、留学したことのある大好きなドイツというワードに釣られて、つい言ってしまった。「家電7クルマ3くらいで興味あります」。運命の分かれ道は、そんな何気ないところにもあるのだということを、港優美は知ることになるのだった。

香川県小豆島。クルマなら2時間もあれば一周できてしまう小さな島で彼女は生まれた。そのせいか、広い世界を見てみたいという気持ちが人一倍強かった。大学で、外国語学部を選んだのも、いつか海外留学するため。1年間休学して、念願のイギリスとドイツへと留学した時は、見るものすべてが刺激的だった。さまざまな出会いのなかで分かってきたことは、世界にはいろいろな人といろいろな価値観があること。それを互いに認め合うことの大切さと難しさ。そして自分は日本人であるという思い。それは、この世界の人たちに、日本の良いものを、もっと知ってもらいたい、そんな考えにつながっていった。就職の際にパナソニックを志望したのは、いちばん身近で、誰でも使える家電を扱うメーカーなら、世界中の人に日本の良さをいちばん感じてもらえると思ったから。しかし、彼女が配属されたのは、オートモーティブ営業本部だった。

カーメーカー向けの商材の営業。それが彼女の仕事だ。ディーラーオプションでクルマに組み込む、たとえばETCやナビなどをご提案し、ご採用いただけたら、開発し、量産していく。正直、ナビなんて使ったこともなかった。それなのに配属早々、コンペを任されることになった。過去5年にわたりパナソニックが、受注し続けてきた仕事。これがなくなってしまったら、どうなるんだろう。想像するだけでプレッシャーだった。しかし、彼女は一歩を踏み出した。

基本的な言葉も分からなかったから、まずはクルマに関する本を1冊読むことから始めた。それでも分からないことは、すぐに技術の担当者に聞いた。「何度も何度も電話しましたから、相当迷惑だったと思います。でも、みんなやさしくて。忙しいのに、快く答えてくれたんです」。お客さまのところにも何度も通った。企画・設計・購買など、さまざまな部署の方から要望を伺い、会社に戻って、どうすればそれに応えられるかを技術や生産、販売の担当と話し合い、再びお客さまの前で、パナソニックができることを徹底的に訴求した。無機質だった製品が、だんだん我が子のように思えてくる頃、受注が決まった。数十億円規模のビジネスだった。

「社内各部署の関係者、上司、先輩、さまざまな人の助けがあって、それらがひとつになって、たどりついた結果だと思います。現在、受注した部品の開発を、お客さまと社内の設計部門とで連携して進めているのですが、これが、クルマを運転するたくさんの方に使っていただける日のことを想像すると、泣きそうになります」。

右も左も分からなかったクルマの仕事。最近はこんな風に思う。「自動車業界は100年に一度の大変革時代を迎えていますが、その進化には、私たち電機メーカーの技術力が欠かせません。そんな事業の最前線に関わることができて幸せだなって思いますし、責任ある仕事を任されているんだと思うようにもなりました。だから、もっと頑張らなきゃなって。大変なんですけど、今は楽しい、かな」。

仕事場と港 優美さんの写真
港 優美さんの写真

営業
港 優美(みなと ゆうみ)
オートモーティブ社
2016年入社 外国語学部卒

海や山で駆け回って遊んでいた子ども時代。小学校2年生からは、10年間にわたり剣道に打ち込んできた。負けず嫌いで、試合などで負けると、朝早起きして、一人で特訓したりしていたそう。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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