幸之助は頭をひねっていた。今度の新製品(しんせいひん)にどんな名前をつけるか、悩(なや)みに悩んでいたのである。新製品とは角型の自転車ランプ。大正12年に売り出した「砲弾型(ほうだんがた)ランプ(※1)」に続く第二弾(だいにだん)の商品である。幸之助にとって、この角型ランプの売り出しには特別の意味があった。それまで自転車ランプの販売(はんばい)を任(まか)せていた山本商店から販売権(はんばいけん)を買い戻(もど)し、自らリスクを背負(せお)って、自分で全国に売り出そうと決意した商品だからだ。10も20も紙の上に名前を連ねてみては、腕(うで)を組む日々(ひび)が続いた。ある日、新聞を見ていた幸之助は一つの言葉に目をひかれた。

「おい、"インターナショナル“ってなんちゅう意味や?ロシアの革命(かくめい)と関係あるんやろか?」
「ん-、辞書では"国際的(こくさいてき)"ちゅうような意味ですな。"ナショナル"だけでは、"国民の"、ですなあ」
「国民……ナショナル……。」

「ナショナルランプ」即(すなわ)ち、「国民のランプ」や。国民の必需品(ひつじゅひん)になっていくにふさわしい、いい名前ではないかと幸之助は思った。

幸之助は全生命をこの「ナショナルランプ」に打ち込(こ)んだ。販促宣伝(はんそくせんでん)のため1万個(こ)も市場に無料提供(むりょうていきょう)し、初めて新聞広告も出した。ホーロー製の看板(かんばん)も用意した。

このランプなら全国民を相手に商売ができうる。そう信じて企業規模(きぎょうきぼ)から考えれば桁外(けたはず)れの大さな手を打ったのだ。昭和2年4月に売り出したこのランプは、予想をはるかに超(こ)えるほどの大ヒット商品となった。

※1 砲弾型(ほうだんがた)ランプ:電池寿命(じゅみょう)が従来(じゅうらい)の10倍以上もある画期的な新製品だったことから、市場の人気を博(はく)した