「結論(けつろん)が出るまで何日でもやる」

幸之助はこう切り出した。事態(じたい)に対する幸之助の漠然(ばくぜん)(※1)とした不安は的中していた。何と大半の販売会社(はんばいがいしゃ)・代理店が赤字に苦しんでいる。販売会社・代理店、ひいてはお店の努力不足(どりょくぶそく)なのではないか----。幸之助はそんな思いが抑(おさ)えられず、出席者の発言に激(はげ)しい反論(はんろん)をせずにはいられなかった。しかし松下に対する不満は思いのほか強かった。会場の声に耳を傾(かたむ)け、自らの意見を述(の)べながら、幸之助は葛藤(※2)のなかにいた。激論(げきろん)は平行線をたどり、いつ終わるとも知れない様相を呈(てい)していた。会議は3日目に入り、誰(だれ)もが結論は出ないのではと感じていた。

「皆(みな)さんの言い分はよく分かった。松下が悪かった」

突如(とつじょ)(※3)、頭を下げ、話を始めた幸之助に驚(おどろ)き、騒然(そうぜん)(※4)としていた会場はしんとなった。幸之助はもう誰が悪いと言い合っているときではないと思った。誰の言い分にもそれなりに理があり、どこが悪いといっても始まらない。現状(げんじょう)は分かった。この現状を突破(とっぱ)するために、そしてお得意先のこれまでの信頼(しんらい)に応(こた)えるために、今は松下が頑張(がんば)るときなのだ。葛藤は消え、一言ごとに、これまでのご愛顧(あいこ)(※5)に応えられていない現状への悔(くや)しさと、現状打破(げんじょうだは)への決意をかみしめていた。思いは一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)となり、非難(ひなん)で埋(う)めつくされていた会場を団結(だんけつ)に変えた。

※1 漠然(ばくぜん):ぼんやりとしてはっきりしない様子
※2 葛藤(かっとう):入りくんだもめごと
※3 突如(とつじょ):なんの前ぶれもなしに
※4 騒然(そうぜん):さわがしい様子
※5 愛顧(あいこ):ひいきにしてもらうこと