NPO砂浜美術館の組織基盤強化ストーリー

世代交代を機に「組織診断」。ミッション・ビジョンの明文化、中期計画策定、そして新しい事業の創造へ。

25年前、雄大な白砂の海岸という地域資源が、そのまま美術館になった「NPO砂浜美術館」。
25年の間に生み出された、そのユニークな活動とNPOとしての組織基盤強化の取り組みについて、理事長の村上健太郎さんに話を聞いた。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第215号(2013年5月15日発行)掲載内容を再編集しました]

奇想天外な「Tシャツひらひら」が、砂浜の風景を「作品」に変えた

高知県の西の果て、黒潮町の無人駅を降りて海に向かうと、眼前には長さ4キロメートルにわたる雄大な砂浜が広がる。町のシンボルともいえるこの白砂の海岸(入野の浜)で、25年前、ある企画が持ち上がった。

写真家の作品をプリントしたTシャツを、洗濯物のように並べて砂浜にひらひらさせたらおもしろいのではないか――。

だが、奇想天外な「Tシャツひらひら」では、町の予算は下りない。議論の末、生み出されたのが「砂浜美術館」という考え方だ。
美術館の天井は青い空、床は砂浜。常設展示は、砂の模様や貝殻、鳥の足あと……。美しい白砂の海岸を「美術館」に見立てると、何でもなかった海岸の風景が色鮮やかに浮かび上がり始めた。それまで沖を泳ぐクジラは漁師には価値のないものだったが、「作品」と見ることでホエールウォッチング事業が生まれ、漬物のイメージしかなかった砂浜のラッキョウ畑は美しい花を咲かせる「秋の代表作品」となり、さらにごみにしか見えなかった波打ち際の物たちも「漂流物」という作品に姿を変えた。

発足時の1989年は、バブル経済の真っ只中。
日本中が大規模なリゾート開発に躍起となっていた。そんな中で、「砂浜美術館」という発想は、埋もれていた地域資源を新しい価値に転換する魔法の言葉となった。

NPO砂浜美術館 理事長
村上健太郎さん

「立ち上げメンバーに聞くと、当時はみんな30代で、青年団活動などで顔を合わせれば、やっぱり都会への憧れがあったらしいんですね。でも、都会の背中を追いかけても、時代はどんどん先に進んでいく。
そんな時に『砂浜美術館(『砂美』)』という考え方に出合って足元を見つめてみると、おもしろいことがたくさんあった。
町おこしというよりは、自分たちが町を楽しむ中でどんどん活動が広がってきた」と理事長の村上さん。

発足後は、町の有志で結成した企画グループ「砂美人連」を中心に、「砂の彫刻」「らっきょうの花見」「漂流物展」「潮風のキルト展」などオリジナリティに富むイベントが次々に立ち上げられた。
発足のきっかけとなった「Tシャツアート展」も、出展応募数はまたたく間に1000点に近づき、来場者数も年々増加。現在は、ゴールデンウィークの開催期間中(5日間)に、町内人口と同じ約1万3000人が県内外から押し寄せるという。

「特にボランティアを含め地域外からの来訪者が多いのが特徴ですが、実はスタッフも半数が関東や関西などからの県外移住者なんです」と村上さん。町を楽しむ「砂浜美術館」の考え方に共感した者やクジラに魅了された者など、惹きつけられている魅力はさまざまだという。

また、2010年にはモンゴルの大草原でTシャツをひらひらさせる「草原美術館」が誕生、「砂浜美術館」の考え方は海を越えた。
以前は東京で働くサラリーマンだったという村上さんは「この町の方が、ずっと世界が近いように感じる」と話す。

スタッフ、ボランティアによる展示作業

世代交代を機に「組織診断」。 ヒアリングやアンケートで課題が明確化

ただ、活動内容が拡大する中で、組織の課題も見えてきたと村上さん。
任意団体としてスタートした「砂浜美術館」は2003年にNPO法人化したが、この際に町内の観光関連の4団体(砂浜美術館、遊魚船主会、公園管理協会、観光協会)が合併。事業部門やスタッフが増えてきたことで、組織上のさまざまな問題が顕在化してきたという。

「一番の課題は、組織全体として何をどう目指すのか、その中で各事業部門はどのような役割を果たすのかといったことがわかりづらくなっていることでした。また、団体発足以来、代表を務めてきた理事長が世代交代するという節目も迎えて、これを機に組織を見直してみようと考えました」

「砂浜美術館」は2011年に、「Panasonic NPOサポートファンド」の助成を受けて組織基盤強化の取り組みを開始。
まず、組織内外の環境分析をもとに組織課題を抽出し、解決の方向性を見出す「組織診断」を実施した。
具体的には、組織内部においては理事やスタッフ10人へのアンケート調査を、外部に対しては「ステークホルダー調査」として黒潮町議会議員15人へのヒアリングを行い、その結果、漠然としていた課題が明確に整理されたという。

「マネジメント診断シートを集計する中で見えてきたのは、“『砂美』の考え方を社会に伝える”というミッションや各事業の意義などが内部で十分に共有されていないということでした。また、『砂美』のコンセプトそのものが思いのほか地域に浸透していないということもわかった。
特に、これまでは『砂美』に対して賛否両論の意見がある議会議員の方々とのコンタクトがあまりなかったのですが、今回、勇気を出したことで、イベント屋など、思ってもみなかったイメージをもたれていたこともわかり、同時に『砂美』の経済活動に対する強い期待も感じました」

こうした現状分析を踏まえ、スタッフ間で「団体ミッション」や「目指すべき姿」について話し合う機運が生まれ、これらを改めて明文化。さらに、ミッションやビジョンを各事業部門に落とし込んだ「中長期計画」も初めて策定した。
「スタッフ一人ひとりに経営的な感覚が生まれ始めたのが、組織診断の成果」と話す。

また、第三者的な視点から、NPOの経営に精通したコンサルタントのサポートを受けられたことも大きかったという。
「診断の結果、『自主事業収入の拡大』と『地域への浸透』の2つを優先課題にしたのですが、コンサルの方から『その2つは車輪の両輪で、両方をうまく回しながら解決していくことが重要』と言われたことが、スッと腑に落ちたんです。
そのことが、Webショップ『すなびてんぽ』の開設という新しい事業にもつながっていきました」

顧客管理データシステムも導入。 子どもたちに町の楽しさ伝えたい

昨年6月に開設した「すなびてんぽ」は、オリジナルグッズや地域の特産品、さらには地域の体験プログラムやオリジナルツアーなどをWeb上で販売。地域資源を活用した経済循環の仕組みを構築していくことで、「自主事業の拡大」と「地域への浸透」という2つの課題解決に取り組んでいる。
また、事業の立ち上げに際しては、組織診断に続いてNPOサポート ファンドの助成を受け、新たに顧客管理データシステムを導入。これにより、「砂浜美術館」のイベントに訪れる年間約3万人を対象としたマーケット戦略のインフラが整った。

村上さんは、組織基盤強化の取り組みを通じて、NPOの将来に可能性を感じたという。
「これまで家族のために活動をあきらめていく人も見てきましたから、僕の中では“家族も養えるNPO”というのが一つテーマなんです。そうした中で、今回、具体的に将来の設計図を描き、スタッフ間でさまざまな議論をして物事が進み始めたのは楽しい体験でしたし、実は今まで気づかなかったようなやり方がもっとたくさんあるんじゃないかとも思えるようになった。
NPOが就職先の一つの選択肢となり、地域の課題を解決しながら生きていくことができる可能性を感じました」

そして、最後に村上さんはこう語ってくれた。
「もう一つ、『砂美』が大切にしていることは、町の楽しさを子どもたちに伝えることです。
自分の言葉で地域のことを語れる子どもたちを一人でも多く育てたい。
『砂美』がその一端を担えれば、素敵だなと思っているんです」

NPO法人 NPO砂浜美術館

[団体プロフィール]NPO法人 NPO砂浜美術館
「砂浜美術館」をコンセプトに、1989年に設立。
身近な自然環境・地域資源を作品化し、町を楽しむための新しい価値観を創造する団体として、「Tシャツアート展」や「漂流物展」「潮風のキルト展」など多数のイベントを開催する。03年のNPO法人化をきっかけに、黒潮町内の観光を切り口にした4団体が合併。イベント活動のほか、公園管理業務やホエールウォッチング事業、町内の観光振興業務、地域の映像撮影・制作事業などを行う。

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