パナソニック技報とは

沿革

松下グループの技術論文誌は、1955年に『National Technical Report』と題した技術者の投稿による論文集として創刊しました。1969年から、各号にテーマ、特集を設け、松下グループの事業や技術開発の取り組みを体系的にご紹介してまいりました。1998年に『松下テクニカルジャーナル』に改称し、2007年10月より季刊誌として発行いたしました。
そして、2008年10月より『パナソニック技報』と誌名変更し、2013年11月号からは年2回発行とし、完全電子化に移行いたしました。
ネット接続ならではの特性を活かし、当社の技術をより見やすく分かりやすくお伝えいたしますとともに、当社の技術をトータルにお伝えできるサイトを目指してまいります。


創刊号の表紙

発刊のことば<創刊号(1955年)より>

社長 松下 幸之助

会社において研究された成果は,それが製品に具体化されて市場に提供され,多くの人々の用に供することによって,広く世間からその批判を仰ぐというところに,本来のコースがあり,またその使命がある。

従って,いかに優れた技術者でも,己れ1人を高しとして,他の意見を求めず,専ら自己の才能のみに頼るとしたならば,そこからは決してよき成果は生れるものではない。すなわち,何人も自己の所信を恐れず発表すると共に,また謙虚に他の意見を聴くという心がまえが必要なのである。そこから自然に衆知が形成され,それが吸収され,生かされてくると思うのである。

社会の発展のためには,多くの人々の智恵が自由に交換され,これが衆智として生かされて来なければならない。これは繁栄の根本原則である。

その意味においてわが社でも,かねてから,今まで各部で研究していたいろいろの成果や,また技術提携によって学んだ数多くの体験を,信義にもとらない範囲において,技術陣の協力を得てできるだけひろく公表したいと考えていたのであるが,いろいろの都合もあって遂に今日までその機を得るに至らなかった。

しかし幸いにも,中央研究所も一応整備が完了し,その体制も次第に整ってきたので,これを機に,われわれの成果の中で参考になると思われるものをどしどし発表し,業界の発展のためにいささかでもお役に立ちたいと願うと共に,わが社もまたこれを通じて,広く世間から学びたいと考えて,ここに技術専門雑誌としての本誌を発刊することにしたのである。

もっとも本号は,何分にもまだ第1回の作品で,体裁や内容にもいろいろ不備な点も多いことと思うが,回を重ねるに従って,充実もし豊富にもなると思うので,われわれの趣旨を諒とせられ,大方の一層の御指導御援助のほどをお願い申上げる次第である。

発刊に際して<創刊号(1955年)より>

常務取締役技術本部長 中尾 哲二郎

ある見方をすれば,人類の歴史は工夫と研究の歴史であったといえそうに思います。あるときには,これが人類の殺戮の目的になされた場合もありますが,大体に於て常に人類の福祉の向上のためになされたのであります。

われわれが日常何気なく使っている機械器具も,その他の物資も,掘下げて考えて見ますと,104~105のオーダーの年間,人類がなした努力の蓄積でないものはない筈です。そして,こうした工夫研究は今後人類の歴史の終る日まで,不便なものは便利なものに,より美しく,より耐久性のあるものに,或はより経済的に等を目指して続けられることでありましょう。

私共,松下電器産業株式会社に勤務する社員もこの埒外ではあり得ないのでありまして,製品が日常生活に直結しているものが多いだけに,この研究・実用化乃至は設計なり製造に従事する技術者は,改良進歩への努力に寧日のない有様であります。

会社は毎月何種類かの新製品を発売しております。しかし,これが実を結ぶまでには,材料・製法から,実物の設計・試作等表面に現われた何倍かのかくれた技術活動があります。その内には,社の内外に発表して他を裨益するような資料もありましょうし,また一つの製品の技術的内容を解説して使用者の御理解を求めたいものもあります。これが,今回ナショナルテクニカルレポートを発刊した直接動機で,換言すれば技術的なPRであります。

何分にも,専門の編集者がやっていることではありませんので,外装・内容共にまとまったものとなるには,暫らくの日時と,大方諸彦の御叱正をお願いしなければならないと考えます。何分の御支援をお願い申上げます。