パナソニック技報
【5月号】MAY 2020 Vol.66 No.1

(2020年6月1日公開)

特集:ビューティ・ヘルスケア

人生100年時代を迎え,日本では2025年には4人に1人が後期高齢者という超高齢化社会へと突入します.そのなかで,いつまでも若々しく健康でありたいと願う人々に寄り添い,暮らしを支える当社の技術をより多くの方にご理解いただくため,美容・健康・介護関連の技術をご紹介します.

ビューティ・ヘルスケア特集によせて

パナソニック(株) アプライアンス社 技術革新担当 本橋 良

顔写真:執筆者 本橋 良

招待論文

科学的根拠に基づくビューティ・ヘルスケア戦略

桜美林大学 大学院教授 老年学総合研究所 所長 鈴木 隆雄

超高齢社会を迎えたわが国の高齢者の健康水準や生活機能の推移と現状について記述した.単に平均寿命の延びだけではなく,自立して日常生活を充実して営む能力,すなわち健康寿命もまた大きく伸びてきたことは,ビューティ・ヘルスケアに関わる製品開発にも大きな影響をもたらす.

顔写真:招待論文執筆者 鈴木 隆雄

技術論文

<美容>

リーダ放電を用いたヘアケア向け帯電微粒子水発生デバイスの開発

木下 雅登,井上 宏之,石原 綾,榛木 佐知子,石上 陽平

水微粒子がもつ浸透作用に着目し,発生する水微粒子を従来の18倍に増加させることで,酸性成分の浸透度を高めることが可能な帯電微粒子水発生デバイスを開発した.水微粒子を増加させるための手段として,広い放電領域の形成により,水微粒子の分裂を促進するリーダ放電を利用した.開発したデバイスをドライヤーに組み込み,毛髪乾燥に用いることで,より多くの酸性成分を毛髪に浸透させることができる.これにより,毛髪の保水力が上がり,しっとり感など毛髪乾燥時のヘアケア効果を示す8項目の官能評価で,従来デバイスを搭載したドライヤーと比べ有意な改善が得られた.

当社関連リリース

キーワード / 微粒子,イオン,ドライヤー,ヘアケア,キューティクル,弱酸性,高浸透

代表図

くせヒゲリフト技術を用いたメンズシェーバー用スリット外刃

成田 憲二,松尾 新太郎,佐近 茂俊,立田 茂,大倉 翔貴,清水 宏明

少ない回数で剃(そ)りあげることで肌ダメージを低減させることを目的に,寝ているくせヒゲを起こす機能を設けた刃を開発した.シェービングによる剃り残しや肌ダメージの1つである肌の赤みは,欧州人で特に不満が多い.これは,欧州人特有の寝ているヒゲが原因であることをデプス調査で明らかにした.寝ているヒゲをカットするにはヒゲを起毛させるか,もしくは外刃の厚みを薄くする必要がある.外刃の厚みを薄くすると肌をカットする危険性が増し,また,刃の強度も低下するため,スリット外刃にヒゲ起こし機能を設けたスリット刃を考案した.ヒゲを起こす機能は,剃り残しを軽減させることで,何度もシェーバーを往復させる必要がなくなり,肌の赤みなどの肌ダメージ軽減を可能にした.この機能により「剃り残し」,「肌の赤み」,「早剃り」で官能値が現行の刃と比べ向上した.

当社関連リリース

キーワード / スリット刃,ヒゲ起こし,逆テーパ,剃り残し,早剃り,肌ダメージ,官能評価

代表図

角質層への浸透促進技術を搭載したメンズシェーバーの開発

金森 芳彰,成田 憲二,近藤 美咲,清水 宏明,西村 真司,立田 茂

シェービングによる乾燥から肌を守り,肌を健やかな状態に保つことを目指した.シェービングしながら電気浸透流を流し,化粧水などに含まれる保湿効果の高い成分であるグリセリンやセラミドを,肌へより浸透することで肌の滑らかさやうるおい力を向上する「スキンケア効果を狙ったメンズシェーバー」を考案した.この浸透促進技術をシェーバーに搭載するため,印加電極による肌にかかる摩擦力の増加の問題に対しては,当社独自のスムースローラーのサイズと位置を適正化することで解決した.また,使用満足度を高めるためのヒータの搭載も,リニアモータとヒータのダブル制御技術によってバッテリーの大きさを変えることなく可能となり,これらの技術でシェーバー本来のスムーズな剃(そ)り心地と,肌質の改善を両立した.

当社関連リリース

キーワード / 浸透促進技術,電気浸透流,メンズシェーバー,スキンケア,保湿,スムースローラー,ダブル制御,リニアモータ

代表図

キャビテーション気泡による口腔洗浄器の洗浄力向上

布村 真人

口腔(こうくう)洗浄器の洗浄能力向上のために,ノズルを通る水流にキャビテーション気泡を発生させ,気泡が崩壊する際の衝撃力を利用し,従来取れなかった汚れを除去する業界初の技術に着目した.開発では,流体解析を活用し,キャビテーション気泡の発生量がノズル細径部から出口の圧力差と相関があることを見いだした.特にノズルに設けた細径部をパラメータとし,使用者の水勢実感を維持する水量200 ml/min以上かつ汚れ除去率60 %を達成するキャビテーション気泡の発生条件として,細径部内径を1 mm以下の適値に導出し設定した.その結果,使用実感となる水量を落とすことなく,従来の水流洗浄では除去できなかった歯垢(しこう)が除去できる傾向を確認できた.

当社関連リリース

キーワード / 歯周病,口腔,オーラル,歯垢,口腔洗浄,歯ブラシ,キャビテーション,流体解析

代表図

<健康>

OHラジカル10倍発生を実現する帯電微粒子水発生装置の開発

石上 陽平,小村 泰浩

これまでに,OHラジカルを含んだ帯電微粒子水ナノイー(注1)の効果により,健康に悪影響を与える可能性のある有害物質の抑制評価を行ってきた.有害物質の抑制については,帯電微粒子水に含まれるOHラジカル量が効いていると考えており,OHラジカルを増大した帯電微粒子水を生成することにより,より健康的な生活空間を提供することが可能であると考えられる.これまでナノイーデバイスで使用してきたコロナ放電方式では,OHラジカルの増加に伴って,環境基準対象物質であるオゾンの発生量も増加する課題があった.今回,これまでに使用してきたコロナ放電から放電形態を変更し,マルチリーダ放電を利用することで,オゾンの発生量を抑制し,OHラジカルの発生量を増大させることができた.この開発した帯電微粒子水発生装置をナノイー X(注1)デバイスと名付け,脱臭や除菌性能の向上,花粉アレル物質およびダニアレル物質の抑制が行えることを確認した.

(注1)当社の登録商標または商標.

当社関連リリース

キーワード / ナノイー,帯電微粒子水,OHラジカル,脱臭,除菌,アレル物質抑制,放電

代表図

公共施設向け感染対策システム

櫟原 勉,長浜 英雄,劉 斐,福本 訓明,永谷 吉祥,高柳 哲也

公共施設内でのインフルエンザ集団感染を抑制するための,新しいコンセプトに基づく感染対策システムを提案した.感染源となるインフルエンザウイルスの発生箇所を推定するため,咳(せき)とその方向を検知する咳検知マイクの開発を行った.また,空間内の微粒子挙動のシミュレーションにより,気流によるウイルス希釈効果を調べ,高濃度微粒子をわずか15秒で高速希釈できることを確認した.さらに,希釈への乱流効果を調べるために格子ボルツマン法による新しい乱流解析ソフトの開発を行った.気流によるウイルス希釈を実現するための,咳検知マイク,送風機,回転台,空気清浄機からなる感染対策システムを開発した.

キーワード / 感染対策,インフルエンザ,ウイルス,公共施設,気流希釈,咳検知,乱流シミュレーション,格子ボルツマン法

代表図

安全安心でおいしく,かつ健康に良い飲用機能水の可能性

田中 喜典,西川 壽一

近年,水道水はオゾンを利用した高度浄水技術でさらに安全・良質に作られるようになっている.水道水を飲用直前で浄化した水に関するおいしさの官能評価では,市販のペットボトル入りミネラル水と遜色ないことを明らかにした.次に浄水をさらに電解することで生成される飲用アルカリ性電解水は,胃腸症状に不具合をもつ人に有効とされているが,これまで健常人が飲用した場合の作用について報告されたものはなかった.今回,健常人が飲用した場合について便性状の正常化,睡眠の質の向上や運動パフォーマンスの向上について検証することができた.

キーワード / 飲用アルカリ性電解水,水素水,便性状,体力測定,ダブルブラインド,臨床試験,健常人

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ハイブリッド電気刺激技術による大腿部の筋力増強と膝の痛み緩和効果

市村 亮

ハイブリッド電気刺激技術は,筋肉を効果的に鍛える「人間の動作」と「電気刺激による筋肉の収縮」を同時に行うハイブリッドトレーニング法(HTP:Hybrid Training Principles)の運動理論に基づき,対象の部位に電気刺激を印加する技術である.本稿は,歩行中の大腿(だいたい)部の動作をセンシングし,各脚の立脚期,遊脚期を判別し,各期に電気刺激を印加するアルゴリズムを構築し,15名(平均68.3歳)に対し,1回30分間,週3回,12週間の歩行訓練で大腿部の筋力増強と膝の痛みが緩和可能なことを実証した.

キーワード / ハイブリット,電気刺激,トレーニング,センシング,筋力補強,膝痛緩和,歩行,高齢者

代表図

全身シャワーを用いた温冷交代浴が運動後の疲労回復に及ぼす影響

岡田 直樹,片平 誠人

交代浴は運動後の疲労回復手段として利用されているが,温浴・冷浴の2つの浴槽を必要とし,実施に際し手間がかかるなどの問題点がある.したがって,シャワーを用いた交代浴においても,同様の疲労回復効果を得ることができれば,より簡単に交代浴が実施できると考えられる.そこで筆者らは,浴槽入浴と類似の入浴感が得られるような,10箇所のミスト状の吐出口を持つ全身シャワー装置を用いた交代浴の方法を考案した.本方法を男子大学生の陸上競技部のトレーニング運動後に適用し,通常のハンドシャワーや全身シャワーで温浴のみを行った場合に比べて,運動後の下肢の筋硬度の低下や柔軟性の改善などの疲労回復効果が大きく,快適に感じられる入浴法であることを明らかにした.

キーワード / シャワー,全身シャワー,交代浴,温冷交代浴,疲労回復,筋硬度,運動

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音響解析による認知機能低下の検知

張 亜明,南雲 亮佑,岡田 崇志,小川 祐輝,細川 満春,笹部 孝司

高齢化社会の到来に伴い,認知症およびその前段階である軽度認知障害の早期検知に対して社会的な注目が集まっている.従来の検知手法は性能が高い反面,検知時間が長い,検査員の資格保有が問われるなどの課題がある.そこで,これらの課題を解決するために,1万人超の音声データを取得し,短時間の簡単な発話タスクを新たに開発し,発話の流暢(りゅうちょう)性を反映する特徴量から認知機能の低下を推定する機械学習モデルの構築を行った.結果,認知機能低下を高い精度(AUC = 0.795)で推定可能であることが示唆された.

キーワード / 音響分析,認知機能,軽度認知障害,認知症,機械学習

代表図

<介護>

高齢者の個別性を考慮した自立支援リハビリシステム

奥谷 聡,真田 明生,河上 日出生

通所介護施設は高齢者の自立支援を目的としたリハビリテーション(リハビリ)の提供が求められており,高齢者に最適なリハビリを実施するうえで,高齢者が実施した訓練回数や時間などの定量的な訓練データの取得や,リハビリ前後の高齢者の動作能力評価が重要になる.介護現場での訓練データの取得,動作能力評価を容易にすることを目的に,カメラ画像からリハビリ中の人物動作を推定する技術を開発した.本技術は,画像内の人物の人体骨格を検出するPose Estimation技術と,人体骨格から人物の姿勢を判別するパターン認識技術を組み合わせ,人物姿勢の時系列変化の分析から人物動作を評価するものである.人物動作推定による動作能力評価や訓練データの取得は,データドリブンなリハビリの提供を可能とし,リハビリの質向上に貢献する.

当社関連リリース

キーワード / 自立支援,リハビリ,骨格推定,ADL,科学的介護

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高齢者施設向け浴室「アクアハート(注1)」による自立支援と介助者の負担軽減の実現手法

佐橋 直紀,大城 創太,石井 大我

高齢者施設における個浴ニーズの高まりを受け,高齢者の残存能力の活用と介助スタッフの負担を軽減するユニットバスが求められる.高齢者の入浴動作に対し,デジタルヒューマン技術を用いて解析評価する手法を用いることで,浴槽形状を凹凸と傾斜が少なく,またぎ高さ400 mmにすると,膝部への負担度を70 %軽減(従来比)し,また,浴槽への出入りの際に握る浴槽縁に対し,腕全体を使って押しやすい70 mm幅にすると,肩部から手首部にかけての負担度を約60 %軽減(従来比)できることが示された.これらに加え,スクエアな浴槽形状とすることで,入浴姿勢が安定しやすく,必要時には入浴介助用品が設置しやすくなることを明らかにした.

(注1)日本国内における当社の登録商標.

キーワード / 高齢者の入浴,介護用の浴室,バリアフリー,個浴,自立支援,高齢者の残存能力,介助者の負担軽減,車いす

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高齢者の視覚特性を考慮した補光による高齢者施設入居者への効果に関する2症例

上野 早織,川瀬 由布,山村 泰典,藤野 雅史,野口 公喜

一般照明より高照度の補光を日中に行うことで,高齢者における概日リズムの乱れを抑制する効果が期待されるが,高齢者の視覚特性を考慮しない場合,快適性を損なう恐れがある.そこで,独自に行った高齢者による主観評価結果から,高齢者が快適に感じる日中の補光シーン(1000 lx・昼白色),夕方シーン(250 lx・温白色)などの照明要件を抽出し,その照明要件を満たす照明スケジュール(以下,補光)による高齢者施設に入居する認知症者への効果を検証し,認知症度が異なる2症例を報告する.軽度認知症者では,補光前に比べ補光後では夜間の離床時間が減少し,睡眠・覚醒リズムの改善が見られた.また,重度認知症者では,補光前後で就寝前半期における睡眠効率が約20 %増加し,問題症状の発生頻度も減少した.

キーワード / 高齢者,認知症,サーカディアン,睡眠,光療法,概日リズム,介護負担

代表図

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