Universal Design ユニバーサルデザインを通じて、より多くの人が生き生きと暮らせる生活の実現を目指すパナソニック。 「いきいきライフデザインマガジン」では、様々な専門家から人生をさらに豊かにするヒントをお届けしてまいります。

いきいきライフデザインマガジン

第8回:セカンドライフを豊かにする快適居住空間術 第8回:セカンドライフを豊かにする快適居住空間術

東京大学高齢社会総合研究機構特任教授

秋山弘子 先生

90代まで快適に豊かに暮らせる居住空間のポイントは?
ジェロントロジー(高齢者や高齢社会全般にかかわる諸課題を研究対象とする学際的学問分野)の専門家として、東京大学「高齢社会総合研究機構」を推進されている秋山弘子先生に、パナソニック(株) デザイン戦略室の中尾洋子、パナソニック(株) エコソリューションズ社 デザインセンター ハウジングデザイン部市場開発課の穐原秀育、同デザイン企画・開発部 AF・UD開発課の清水沙織がお聞きしました。

60代までに住み替えやリフォームを 60代までに住み替えやリフォームを

中尾:

セカンドライフを豊かに生きるために、どんな準備が必要ですか?

秋山先生:

お金、住まい、健康、それから人間関係の準備が必要です。

中尾:

住まいの準備はいつ始めれば良いのでしょうか?

秋山先生:

住み替えにしろリフォームにしろ、お金もかかるし、大変なエネルギーが必要になります。できれば体力と気力のある60代までにやっておくといいですね。

清水:

先生ご自身も60代でマンションに移られたのですよね。住み替えるにあたってどんなことを考えられましたか?

秋山先生:

50代までは駅から歩いて10分の夫の実家に住んでいたのですが、60歳を超えたある日、駅から家までの道が緩やかな坂道だということに気づきました。買い物も駅前のスーパーまで行かなくてはならない。ここに90歳まで住むのは無理ではないかと思ったのです。今は配偶者がいるけれど、女性が残る可能性が高いので、ひとりで最後まで生きられることを念頭に置いて、同じ地域の中で駅から近く、買い物にも便利なマンションを探しました。

中尾:

同じ地域の中で住み替えるのであれば今までと同じインフラが利用できるので、戸惑わずに済みますね。

秋山先生:

住み替える場合は、できれば同じ駅を利用し、同じスーパーで買い物をして、顔なじみの中で生活してゆくのが理想です。それと、今の多くの新しいマンションは、床には段差がなく、あちこちに手すりが取り付けてあり、トイレやお風呂も広いので、車椅子が必要になっても住めるようになっています。

清水:

高齢の方にとって、お風呂で気を付ける事はありますか?

秋山先生:

うちのマンションのお風呂には、初めから手すりが付いていましたが、足をねん挫した時に非常に助かりました。元気なうちから、手すりは付けた方が良いと思います。できれば将来を考えて、介助もしてもらいやすいようなものにすべきですね。
また、入浴は好きですが、お風呂の掃除は嫌いです。そういう方は多いんじゃないかしら。お掃除は楽な方が良いですね。セルフクリーニングのお風呂があれば、高齢者にも若い人達にも受けると思いますよ。

お掃除が楽なバスの例(写真はカビ抑制機能の換気乾燥機と、
汚れがつきにくくキレイが長続きする素材で開発されたLクラスバスルーム)

ホームオフィスを「働く」「学ぶ」の拠点に ホームオフィスを「働く」「学ぶ」の拠点に

中尾:

セカンドライフでも「働きたい」ニーズが大きいということですが、住まいの中にも働くためのスペースは必要ですか?

秋山先生:

もちろん外で働いてもいいのですが、満員電車での通勤はもう卒業したいという方が多いので、セカンドライフではホームオフィスを準備するとよいと思います。ダイニングテーブルの上で仕事をするのでは生活感がありすぎて集中できません。かつてはどこの家にも応接間がありましたが、今は必要ないですよね。応接間の代わりに、落ち着いて仕事ができるホームオフィスをつくって、パソコンやWi-Fiなどの設備を整えるといいのではないでしょうか。ホームオフィスがあれば、「学ぶ」拠点としても使えます。今はインターネットを通じて多くのことを学べます。

団塊夫婦は夜だけ一緒に食べる 団塊夫婦は夜だけ一緒に食べる

中尾:

セカンドライフにおいては、健康維持のために食生活がますます大事になってくるかと思います。最近の高齢女性は外食や中食が多く、あまり料理をしないというのは本当でしょうか?

秋山先生:

60~80代の方の調理行動について調べたところ、子どもたちが家を出て夫婦ふたりになると買ってきたお総菜を並べることが増え、配偶者が亡くなるとほとんど料理をしなくなることがわかりました。主婦だった人にとって、料理は「労苦」なのです。毎日毎日、暑いときも寒いときも、子どもの好みや夫の好みに合わせて決まった時間までに汗水垂らして3食つくる。そういう労苦から解放されたいという気持ちがあるのです。料理以外にも、食材の買い出しから、洗いもの、ゴミ捨て、一連の作業に時間がかかります。70代前半まではまだ体力がありますが、70代後半からは体力的にも長く台所に立つのがつらくなってきます。

穐原:

定年後のご夫婦は3食一緒に召し上がるのでしょうか。

秋山先生:

夜は一緒に食べますが、お昼はそれぞれ出かけて外食で済ませ、朝も自由にしているというパターンが多いのです。その方が奥さんの負担が少なく、夫婦関係がうまくいくようですね。

穐原:

男性も朝食は自分でつくるのですか?

秋山先生:

朝ご飯を自分で適当につくろって食べる男性はけっこう多いですよ。単身赴任の経験があるかどうかは大きいですね。単身赴任中に料理にめざめて包丁を何本も揃えたり、お酒の肴をいろいろ工夫したり、菜園をつくって自家製の野菜で料理をするなど、凝る方が多いです。

中尾:

面白いですね。女性にとって料理は労苦なのに、単身赴任中に料理に目覚めた男性にとっては楽しみなんですね。

秋山先生:

高齢女性には「もう料理はしたくない」と言う方が多いですが、男性は両極端です。料理に凝る人がいる一方で、食べることに時間をとられたくないからと、宅配のお弁当を3年間毎日食べ続けている人もいます。

穐原:

男性が両極端に分かれるのは、よくわかる気がします(笑)。

ひとりだからこそオープンキッチンで楽しく豊かに ひとりだからこそオープンキッチンで楽しく豊かに

中尾:

毎日同じものを食べ続けるなんて、女性にはありえないことですね。

秋山先生:

女性はつくる手間は省きたいけれど、最後の味付けだけは自分でしたいという方が多いですね。

中尾:

ひとり暮らしになった女性にも料理を楽しんでいただくためにはどうすればいいでしょうか。

秋山先生:

料理にまつわる昔の労苦を思い出さなくてすむように、キッチンをつくり変えるのがよいと思います。目の前に調理器具がいっぱいぶら下がっている北向きの薄暗い台所に立つのは気が滅入るでしょう?明るくてかっこいいオープンキッチンに変えたら、料理をするのが楽しくなります。
キッチンは小さくていいから、冷蔵庫は大型を置いて、まずはワインをグラスにそそぎ、ゆっくり飲みながら、おもむろに肉でも焼く・・・。そんなイメージです。何時までに何品つくらなければという制約はないのだから、自分が好きなときに、好きなものを楽しくつくる。毎日何かしら食べるのだから、そこの部分を楽しめたら、セカンドライフが豊かになりますよね。

(左)かっこいいオープンキッチンの例(写真はLクラスキッチン)

(右)大型冷蔵庫(写真はNR-F672WPV-X)

住みびらきでゆるやかなつながりをつくる 住みびらきでゆるやかなつながりをつくる

穐原:

オープンキッチンなら、誰かを呼んで一緒に食事をするのも楽しそうですね。

秋山先生:

そういえば、千葉県柏市のあるマンションで、奥さんを亡くされた男性がひとりで食事をするのは淋しいからと、エレベーターの中に「ぼくと一緒に食事しませんか?」と貼り紙をしたのですって。そうすると、何人かが食べ物を持って訪ねて来るようになったそうです。誰かと一緒に食事をしたいと思っている人は多いけど、最初に声をかけるのは勇気がいりますよね。

中尾:

一戸建てと違って、マンションに住んでいるとお隣でさえなかなか親しい人間関係はできにくいですものね。

秋山先生:

私もマンションに越したので、その中でつながりをつくりたいと思っています。マンションの前に市がつくったフラワーポットがあるのですが、草ボウボウのまま放置されていたのです。それで、エントランスの掲示板に「みんなで一緒に草取りして花を植えませんか?」と貼り出したら、50軒ある中で17人が同意してくれて、月に1回集まって、草取りをしたり、水やり当番を決めたり、次に何を植えるかなどを相談しています。月に1回でも何かを一緒にすると、ゆるやかなつながりができて、いろいろ情報交換もできるようになりました。

中尾:

高齢期にはとくに地域でのつながりが大事になりますね。コミュニティの中でゆるやかなつながりをつくる方法はありますか?

秋山先生:

私がそのうちやりたいと思っているのは、住みびらきです。たとえば毎週水曜日はドアを開けて、誰でも好きなときに来てもらって、好きなときに帰ってもらう。みんなでお茶を飲みながら、何をしてもいい。そういう場をつくろうと思っているのです。

清水:

その時に、ご飯をふるまったりはしないのですか。

秋山先生:

食事はつくらず、場所を提供するだけです。お茶だけ用意して、お菓子は持ち寄りにして、大きなお盆か何かに入れて、勝手に食べてもらう。そのほうが来る人も気を遣わなくていいでしょう?

中尾:

そんなふうに気軽に集まれる場があれば、地域でつながりが維持できて、ひとり暮らしになっても安心ですね。

秋山先生:

全国高齢者調査でも、趣味や自治会などで社会とつながりを持っている人ほど健康を維持していることがわかっています。自立して暮らせる期間をできるだけ伸ばすためにも、地域でのつながりをつくり、維持する工夫は必要ですね。

秋山弘子(あきやまひろこ)先生プロフィール

1978年、米イリノイ大学Ph.D(心理学)取得。
米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging)フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、2006年東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。
専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応するまちづくりにも取り組むなど、超高齢社会におけるよりよい生のあり方を追求している。

編集後記 編集後記

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

主婦だった人にとって料理が「労苦」というのは、私自身、日々のごはん作りに追われているので、何となく分かる気がします。でも一方、楽しさや充実感を感じることもあります。いつまでもお料理を楽しんで頂けるきっかけとなるような、キッチンや調理家電をご提供していきたいです。お料理は第2回の時にも認知機能向上にも良いと言うお話がありました。重要なテーマとして、また取り上げたいと思います。