Universal Design ユニバーサルデザインを通じて、より多くの人が生き生きと暮らせる生活の実現を目指すパナソニック。 「いきいきライフデザインマガジン」では、様々な専門家から人生をさらに豊かにするヒントをお届けしてまいります。

いきいきライフデザインマガジン

第22回:認知症になっても安心して暮らせる工夫 第22回:認知症になっても安心して暮らせる工夫
写真:梅原里実 (うめはらさとみ) 先生肖像 写真:梅原里実 (うめはらさとみ) 先生肖像

高崎健康福祉大学看護実践開発センター専任教員

梅原里実 (うめはらさとみ) 先生

認知症は「怖い」「なってしまったら最後だ」と思っている方も多いかもしれませんが、認知症になればすぐに今までの暮らしができなくなるわけではありません。認知症発症後も笑顔で穏やかに暮らしている方が大勢いらっしゃいます。人生100年時代、認知症は誰にでも起こりうる老化現象のひとつとして、過度に恐れることなく、正しい知識を知って備えることが重要です。
認知症になっても自宅で安心して暮らせる工夫について、認知症看護認定看護師の梅原里実先生におうかがいしました。

認知症はどんなふうに進行するのか? 認知症はどんなふうに進行するのか?

認知症とは、脳の細胞が萎縮したり働きが悪くなったりすることによって、今までできていたことが少しずつ難しくなる病気です。多くの場合、認知症はゆるやかに進行していくので、急に何もかもできなくなるわけではありません。物事を速やかに判断したり考えたりする認知機能が衰え、できないことが増えていくのは、認知症に限らず老化現象のひとつであり、誰もが通る道のりとも言えます。
認知症の経過には個人差がありますが、一般的に、初期の段階では記憶力や判断力が低下し、中期には時間や季節の感覚、場所などがわからなくなる、料理や買い物など順序立てて行うことができなくなるなどの症状が現れてきます。
例えば、認知症の中で最も多いアルツハイマー型認知症の場合は、初期から中期にかけては、今までできていたことが少しずつできなくなってくるので、不安や焦りを感じることが増えてきます。周辺症状と呼ばれている繰り返しの言動やうつ症状、落ち着きのなさや妄想などが現れてくることもあります。さらに不安や焦りがうまく解消されないと、介護者への拒否的な行動や言動、暴言や暴力に至ることもあります。最近もの忘れが増えてきたと不安に感じるようなことがあれば、もの忘れ外来や地域包括支援センターなどに早めに相談してみてください。軽度の場合は、周囲の人の働きかけ次第で元の状態に近い暮らしをおくることも可能です。また、今後症状が進行した場合に起こるかもしれない出来事に対してご本人やご家族の方が準備をすることができます。
また中期は、認知機能に障害があっても、身体面は健常者とほぼ同じで、行動もできてしまうので、トラブルが生じやすい時期です。例えば同じ食材ばかりを毎日買ってきたり、同じ料理ばかりつくる。買い物に行ってもお金を支払っていないことを忘れる。夜中に起きて洗濯機を回すなどです。
後期になると、運動機能の障害が出現し歩行が困難になる、食べ物を呑み込むことが難しくなる、相手に合わせた会話ができにくくなり、思いや感情をうまく言葉に出せなくなります。
けれども、長年にわたって培われた習慣やうれしい、楽しい、悔しい、悲しいなどの感情、感性、感覚は最後まで残ると言われています。そして何よりも、その人本来の人間性はしっかり保たれています。ただうまく表現できないだけなのです。また、習慣的に運動をしたり、できにくくなった部分を補えるよう暮らしやすいように生活環境を整えたり、介護者や周囲の人の理解によって認知症の進行はゆるやかになります。認知症により生活がしづらくなった部分を補い、安心できるわかりやすい環境づくりやケアは、周辺症状と呼ばれる症状が現れなかったり軽減されたりすると考えられます。

図:認知症はどのように進むの?

桑田美代子:終末期における諸問題と支援、中島起恵子責任編集、認知症高齢者の看護、p122、医歯薬出版、2007一部改変
国立長寿医療研究センター もの忘れ教室

認知症になると、転倒リスクが増す! 認知症になると、転倒リスクが増す!

高齢になると、視覚や感覚機能の障害、注意機能や記憶機能の低下、筋肉量や運動機能の低下により、転倒しやすくなります。さらに認知症になると、注意障害や記憶障害に加えて、自分がどこにいるのかわからなくなる見当識障害や、物を見てもそれが何であるかが分からない「失認」や、日常の動作がうまくできなくなる「失行」など、さまざまな要因が加わって転倒のリスクがさらに高まります。たとえば、運動機能には問題がなくても、注意障害や視空間障害によってちょっとした段差の境目が同じ色だと認識しづらくなるために転倒することがあります。認知症の方が自宅で安全に暮らし続けるためのポイントは「わかりやすさ」です。病院では、段差の境目に目立つ色のテープを貼ることで段差を視覚的にわかりやすくしています。また部屋が片付いていないと足もとに新聞紙やモノが置いてあった場合避けて歩くことができず滑って転ぶことになります。床にモノを置かないようにすることもポイントです。

夜間のトイレは要注意 夜間のトイレは要注意

夜間にトイレに行くと、足下が見えずに転倒してしまうことがあります。とくに認知症の方は、暗いとトイレの場所がわからなかったり、トイレから帰ってくる部屋の場所がわからなくなってパニックになったりすることもあるので、寝室や廊下、段差のある場所などにぜひフットライトを設置しましょう。ただし明るすぎると目が覚めてしまい、再び眠れなくなってしまうので、適度な照度で、人の動きに反応して自動で点灯・消灯してくれるフットライトがお薦めです。

写真:かってにナイトライト
図:かってにナイトライト紹介図、熱線センサにより、人が近づくと自動点灯、人がいなくなると約15秒後に自動消灯します。段差がある場所に取り付けておけば、サインにもなります。

また覚醒した直後や睡眠導入剤を使用している場合など、歩行中にふらつくことがあります。したがって廊下に手すりをつけたり、寝室の起き上がるところに動かない家具を置くと、立ち上がりや歩行が楽になります。

料理中の「ついうっかり」に配慮する 料理中の「ついうっかり」に配慮する

認知症の方に関するご相談で一番多いのが、水の出しっぱなしや火のつけっぱなしです。とくに火のつけっぱなしは火災につながるので、ひとりでいるときは危ないからとご家族が心配され、料理をすること自体を一切禁じてしまうケースも少なくないようです。また高齢になると、青い色が黒っぽく見えるためガスの炎が大きくなっていることに気付かないこともあります。
とはいえ、認知症でも料理が好きな方は多く、料理をすることが生きがいであったり、認知症の進行を防ぐことにもつながります。「ついうっかり」が増えても、安全に料理が続けられるためのサポートが必要です。手を離すと水が止まる自動水栓や自動消火機能付きのコンロなどに取り替えるといいですね。ただ、認知症が進んでしまうと、新しい設備を使いこなすのは難しいので、早い段階から導入して慣れていただくことが大切です。

「こげつき知らせ」や「切り忘れ自動OFF」などの安全機能でついうっかりに対応。安心とわかりやすさが特徴のIHクッキングヒーター。

節水ボタンを押すと、洗い物や手を近づけた場合のみ吐水の設定が出来るスリムセンサー水栓。

お風呂や室内の温度をコントロール お風呂や室内の温度をコントロール

認知症になると、痛みや刺激を感じるのに時間がかかるようになります。さらに、注意力も低下するので、お湯の温度を確かめずに熱すぎるお風呂に入浴してしまうことも。お風呂での火傷を防ぐためには、お風呂のお湯の温度は上がりすぎないような設備が必要です。
気温の変化に対する感覚も鈍くなり、自分で体温調節をすることが難しくなってしまうので、室温や湿度の管理は大切です。夏の熱中症や冬場の風邪を防ぐためにも、センサーで快適な室温・湿度をキープしたり、家族が遠隔操作できたりするエアコンがいいと思います。

写真:「温浴セレクト」搭載のエコキュートのリモコン。

あつめ、ふつう、ぬるめ、3つの快適な温浴モードがかんたんに選べる「温浴セレクト」搭載のエコキュートのリモコン。

写真:エアコンシエルジュ機能付きエオリア

高精度センサーで一人ひとりの「暑い」「寒い」の感じ方を解析し、快適性と節電効果を高めたエアコンシエルジュ機能付きエオリア。

写真:屋内カメラの温度センサーが検知した室温を、スマホで確認。マイク機能で室温の上昇下降を呼びかけ。または、遠隔操作が可能なエアコンで室温を調整。

屋内カメラの温度センサーが検知した室温を、スマホで確認。マイク機能で室温の上昇下降を呼びかけ。または、遠隔操作が可能なエアコンで室温を調整。

プライバシーを尊重しながら行動を見守る プライバシーを尊重しながら行動を見守る

認知症の中期は、認知機能の低下はあっても体力や運動機能は健常者と変わらないので、家族が不在のときに外に出て行ってしまうことがよくあります。認知症がある程度進んだ方に住み慣れた環境で快適に安全に暮らしていただくためには、行動を見守る仕組みが必要です。ただ四六時中見守られたのではプライバシーがなくなってしまうので、玄関を開けると、「おでかけですか?」と音声で注意を促してくれるようなシステムがあるといいですね。また介護保険で使えるGPSを内蔵したシューズやGPSシステムもあります。認知症が進行すると、帰る道がわからなくなり自宅に戻れなくなることもありますので、いざという時にお互いが困らないように準備するとよいと思います。

写真:玄関に設置したカメラの内蔵センサーでおでかけを検知してご家族のスマホにお知らせ。カメラから声をかけることもできます。

歳を重ねていけば誰でも記憶力や注意力が低下していきます。認知症は長生きすれば誰にでも起こりうる老化現象のひとつとも言えるものです。認知症を恐れずに、想定しうるさまざまな事態に備えることで、認知症になっても自宅で穏やかに暮らせる可能性が高まります。皆さんも早いうちに、ご家族ともしもの場合の備えについて相談してみてください。

梅原里実(うめはらさとみ) 先生プロフィール
写真:梅原里実 (うめはらさとみ) 先生肖像 写真:梅原里実 (うめはらさとみ) 先生肖像

湯河原厚生年金病院にて病棟、外来師長、地域医療連携室室長として勤務後、JCHO看護研修センター専任教員を経て、2016年4月より現職。2017年武蔵野大学大学院を卒業し、現在は高崎健康福祉大学博士課程後期にて就学の傍ら、JCHO湯河原病院にて非常勤物忘れ外来看護師及びリソースナースとしても活動。また、日本転倒予防学会理事、認知症看護認定看護師会役員等を務めながら、認知症の方やご家族に役立つ専門性の高い看護ケアの実践をめざしている。

編集後記 編集後記

人物イラスト:中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

認知症サポーターの講座を受けた際、認知症を正しく理解し、相手の気持ちを考えて、温かく見守る事が大事と教わりました。梅原先生も、認知症になって出来ない事が増えてくる不安や焦りがうまく解消されないと、拒否的な行動や言動、暴言や暴力に至る事もあると言われています。認知症を正しく理解し、出来る事を増やせるように、また出来ない事をサポートできるように、生活環境を整えたいですね。