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いきいきライフデザインマガジン

第25回:介護する人もされる人も穏やかでいられる優しい認知症ケアの技法 第25回:介護する人もされる人も穏やかでいられる優しい認知症ケアの技法
写真:イヴ・ジネスト先生と本田美和子先生 写真:イヴ・ジネスト先生と本田美和子先生

ジネスト-マレスコッティ研究所長、ユマニチュード創始者

イヴ・ジネスト先生

認知症の方に、家族はどんなふうに接していけばいいのか?
誰もが学べ、実践でき、驚くほどの効果を上げられるケアの技法「ユマニチュード」を開発し、世界の医療機関・介護施設で教育を行っているイヴ・ジネスト先生に、お話をうかがいました。通訳と監修を務めてくださったのは、日本でユマニチュードを広められた東京医療センターの本田美和子先生です。

通訳・監修:本田美和子先生
東京医療センター 総合内科医長 / 医療経営情報・高齢者ケア研究室長

「ユマニチュード」とは 「ユマニチュード」とは

ユマニチュードは体育学の専門家である私とロゼット・マレスコッティが考案したケアの技法です。
私たちは医療や介護の専門職員の腰痛を予防してほしいというフランス政府の依頼を受け、この分野での仕事を始めました。その後、さまざまな病院や介護施設において、もっともケアが難しいと思われている10人の人をリストアップしてもらって、その人たちにどんなケアを行えば問題が解決できるかを試行錯誤しながら40年間取り組んできました。そんな現場の経験の中から400ほどの技術と「人間らしさとは何か」を問うユマニチュードの哲学が誕生しました。ユマニチュードとはフランス語で「人間らしさを取り戻す」という意味の造語です。
ケアの困難さを解消するには、技術を上手に使っていくための哲学がなければうまくいきません。

ユマニチュードの基本的な哲学は、「愛」と「優しさ」と「自由」を大切な価値として実現していくことです。
ご家庭で認知症の方を介護している方は、ご本人にできるだけ自由に過ごしてもらいたい、優しく接したいと思ってらっしゃると思います。けれども、認知症の症状が進んで、不可解なふるまいをするようになると、つい大声で叱ったりしてしまいます。本当はそんなことはしたくないのに。
そうした課題を解決するためには、相手を大切に思っていることを相手が理解できる形で届ける技術が必要です。私たちは介護の現場において、その技術を創り出してきました。ユマニチュードは認知症の方に限らず、新生児から高齢者まであらゆる年代の“ケアが必要な方”と“ケアをする方”がよい関係を結ぶための技術であり、誰もがそれを学び、実践することができます。

写真:ユマニチュードについて語るイヴ・ジネスト先生 写真:ユマニチュードについて語るイヴ・ジネスト先生
ユマニチュードは“ケアが必要な方”と“ケアをする方”がよい関係を結ぶための技術であり、誰もがそれを学び、実践することができます。

「あなたが大事」と伝える技術 「あなたが大事」と伝える技術

ユマニチュードの基本となるのは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱です。「見る」「話す」「触れる」などあたりまえのことだと思われるかもしれませんが、介護をしているときには作業に集中してしまって、「あなたのことを大切に思っている」ことを伝えるためのコミュニケーションの技術を使うことを人は忘れてしまいます。一生懸命なあまりに手元ばかりを見てしまったり、黙々と介護をしたり、テキパキと相手の体を動かしてしまったりすることは、どなたも経験があると思います。でも、それでは「あなたのことを大切に思っている」気持ちを相手に届けることができないのです。
相手とよい関係を結ぶためには、「あなたのことを大切に思っています」ということを相手が理解できる形で伝える必要があります。つまり、相手のそばに近づいて目と目を合わせ、優しい言葉をかけ、優しく触れること。このようなふるまいは、実は私たちが生まれたばかりの赤ちゃんに対して本能的に行っていることです。赤ちゃんだけではありません。人は誰もが大好きな人と会うとき、目と目を見交わし、優しく語らい、優しく体に触れたくなります。無意識にそうすることで、あなたのことが大事だと伝え、実際にそれが相手に伝わることで良い関係を結ぶことができます。
介護においても、相手とよい関係を結ぶために、私たちが大切な人に対して無意識に行っている行為を意識的に行う必要があります。そうすれば、相手の体内に信頼感を与える「オキシトシン」というホルモンが分泌され、不安が穏やかで安らぎに満ちた気分へと変わっていきます。優しさを伝える技術が生理学的な変化を起こすのです。

イラスト:ユマニチュードの4つの柱は、じつは大切な人に私たちが無意識にしている「触れる」「見る」「立つ」「話す」の4つ。
相手とよい関係を結ぶためには、「あなたのことを大切に思っています」ということを相手が理解できる形で伝える必要があります。

「見る」「話す」「触れる」「立つ」ことの大切さ 「見る」「話す」「触れる」「立つ」ことの大切さ

なぜ介護において「見る」「話す」「触れる」というコミュニケーションが重要なのでしょうか。それは他者と良い関係を結ぶことが人間らしさを回復させる鍵だからです。
すべての動物には生物学的な誕生と社会学的な誕生があります。犬は赤ちゃんを産むと、そのからだを舐めます。キレイにするためではなく、舐めることで「あなたは私と同じ犬だ」と教えている、動物行動学に基づいた社会学的な誕生です。母犬に舐められない仔犬は母乳を飲みに行けず、やがて死んでしまいます。哺乳類が生きていくためには、生物学的な誕生だけでなく、他者によって認められる社会学的な誕生が欠かせないのです。
人間にも同じことが言えます。生まれたての赤ちゃんはまだ自分が人間であることを知りません。赤ちゃんに自分が人間であることをわからせるために、人は、舐める代わりに、赤ちゃんを見つめ、優しい言葉をかけ、抱きしめたり頬ずりしたりするのです。そのことによって、人は人らしさを獲得していきます。
ところが、介護が必要な状況になり、まなざしを向けられたり、言葉をかけられたり、やさしく触れられたりする機会が少なくなると、人は“人間として扱われている”という感覚を失ってしまうおそれがあります。

なぜ介護において「見る」「話す」「触れる」というコミュニケーションが重要なのでしょうか。それは他者と良い関係を結ぶことが人間らしさを回復させる鍵だからです。

1日に20分間立つ機会をつくる 1日に20分間立つ機会をつくる

人間は二足歩行する動物です。解剖学的に、人間の脳は脊髄の上に載ることによって機能するようにできています。生理学的にも、立つことで肺が広がって吸い込める空気の量を増やせます。立つことによって健康を維持できると同時に、人としての尊厳を保つことができます。
ところが転んだりすることを心配するあまりに、相手に良かれと思ってベッドまで食事を運んだり、ベッドに横たわった状態で体を拭いたりすることが、実は介護される方の健康を損なっていることに私たちは気づかなければなりません。立つ理由がなくなれば、誰しも自分から立とうとはしなくなります。そして次第に立って動く能力を失ってしまうのです。
だからといって、単に「立つことは大事だから立ちましょう」と促しても、「立ちたくない」と言われるかもしれません。その時は、たとえば「一緒に料理をしましょう」「シャワーを浴びてすっきりしましょう」など“ご本人にとって楽しくなる立つ理由”を提案してください。筋肉は伸ばす力よりも曲がろうとする力の方が強いので、動かない状態が長く続くと曲がったままになってしまい、拘縮と呼ばれる状態になってしまいます。そうならないように、できるだけ立つ機会を設けることが大切です。1日に合計で20分立つ機会を設けることができれば、死ぬその日まで立つ能力を維持することができます。

立つことによって健康を維持できると同時に、人としての尊厳を保つことができます。できるだけ立つ機会を設けることが大切です。

不安を察知し、安心を提供する 不安を察知し、安心を提供する

認知症の症状が進んでくると、不可解な行動が目立つようになります。例えば夕方、90歳のお母さんが「子どもを迎えに行かなきゃ」と外に出ようとする。そんなときに「どこへ行くの?」「迎えに行く子どもなんていないでしょ!」「危ないから止めて!」と咎めてしまうと、お母さんには理解できず、不安を感じて、ますます状況が悪くなってしまいます。
認知症の特徴を知っておくことが、このような状況の解決にとても役に立ちます。小さな子どもは居ないのに「子どもを迎えに行かなきゃ」と言われた時、「お母さんは今何歳ですか?」と聞いてみてください。もしかすると「30歳」と答えるかもしれません。今不安を感じでいるので、自分が元気で家族のみんなから頼りにされていた時代、安心だった時代に記憶が戻ってしまっているのです。そんな時に、「いいえ、お母さんは今90歳ですよ」と間違いを正したりすると、お母さんはますます混乱し、不安になってしまいます。
子供を迎えに行こうとしているお母さんにとって、ご自分の年齢が30代に戻っているのなら、「ダメよ!」という代わりに、「じゃあ、一緒にいきましょう。5分待ってくれる?」と言ってみてはどうでしょう。お母さんは5分後には出かけることを忘れてしまっていらっしゃるでしょうから、実際に出かける必要はありません。でも、自分が拒絶されずに、良い関係を持ったという心地よい感情はご本人に残ります。
相手が不安な状況にいることを理解して、「あなたのことを大切に思っています。私が一緒にいるから大丈夫」と意識的に伝えるようにすることで、お母さんの不安は解消し、穏やかな関係を長く続けることができます。
認知症の方の言動は一見脈絡がなく理解しにくいので、ご家族にとっては困惑することもあるでしょう。ただ、認知症の方の理解力は認知症の進行と共に低下しても、感情は最後まで残ります。この感情にどのように働きかけるかによって、ご本人の反応は大きく異なってきます。ご家族や周りの方が、認知症について理解を深め、適切なケアの技術を知ることで、認知症の方が安心して暮らせる環境が育まれていくことを願っています。

写真:おだやかにお話しするイヴ・ジネスト先生 写真:おだやかにお話しするイヴ・ジネスト先生
認知症の方の理解力は認知症の進行と共に低下しても、感情は最後まで残ります。この感情にどのように働きかけるかによって、ご本人の反応は大きく異なってきます。

ユマニチュードに関する参考書籍

『ユマニチュード入門』著者:本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ(医学書院)
『「ユマニチュード」という革命 なぜ、このケアで認知症高齢者と心が通うのか』イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子(誠文堂新光社)
『家族のためのユマニチュード “その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケア』著書:イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子(誠文堂新光社)

ユマニチュードの映像教材

●国立病院機構・東京医療センターの高齢者ケア研究室が作成したご家族向けの映像教材をインターネットで公開しています。

(「高齢者ケア研究室」で検索してください)

●DVD『優しい認知症ケア ユマニチュード』(全3巻、イヴ・ジネスト/本田 美和子(監修)、内藤 裕子(司会)、NHK厚生文化事業団、福祉ビデオライブラリー 10-18-01)
*このDVDはNHK厚生文化事業団 福祉ビデオライブラリーにて無料で貸し出しを行っています。ご希望の方は電話(03-3476-5955)またはホームページで予約ができます。

プロフィール
写真:イヴ・ジネスト先生と本田美和子先生 写真:イヴ・ジネスト先生と本田美和子先生

イヴ・ジネスト先生
体育学教師として、ロゼット・マレスコッティとともに1979年にフランス文部省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野にかかわる。以降、医療および介護の現場で小児から高齢者まで幅広い対象者へのケアを実践、その経験からケア技法「ユマニチュード」を創出。日本の医療施設・介護施設においてもユマニチュードに関する教育を実施中。

本田美和子先生
国立病院機構東京医療センター 総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター・エイズ治療研究センターを経て2011年より現職。
2013年よりジネスト・マレスコッティ研究所日本支部代表。

編集後記 編集後記

人物イラスト:中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

イヴ・ジネスト先生が優しく接されると、無表情だった方がにこやかに話しをされたり、車椅子の方が歩くようになったりされるので、魔法を使われているように感じますが、それがユマニチュードなのです!認知症の方の不安な気持ちに寄添った、見方、話し方、触れ方をすることで、穏やかな関係を続けることが出来るのだそうです。ユマニチュードの映像教材はとても分かりやすいので、是非一度ご覧下さい。