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いきいきライフデザインマガジン

第7回:人生90年時代のセカンドライフを考える 第7回:人生90年時代のセカンドライフを考える

東京大学高齢社会総合研究機構特任教授

秋山弘子 先生

今や日本人の平均寿命は女性が86.8歳、男性が80.5歳。もはや長生きは当たりまえ。80代、90代になっても、安心で快適な暮らしを維持しながら、いかに自分らしく生きていくかが問われる時代になりました。
今回は、ジェロントロジー(高齢者や高齢社会全般にかかわる諸課題を研究対象とする学際的学問分野)の専門家として、東京大学にて「高齢社会総合研究機構」を推進されている秋山弘子先生に、人生90年時代のセカンドライフのあり方を伺いました。

(左)東京大学本郷キャンパス安田講堂

(右)取材を行った伊藤国際学術研究センター

高齢者は11歳若返っている! 高齢者は11歳若返っている!

日本人はただ長生きするだけでなく、元気で長生きするようになってきました。その科学的なデータのひとつとして、東京都健康長寿医療センターで行われた調査結果があります(図1)。この調査は全国の高齢者5,000人を対象に、老化の指標のひとつである通常の歩行速度を1992年と2002年で比較したもので、男女共に10年間で平均11歳も若返っていることが分かります。言い換えれば、2002年の75歳は、1992年の64歳と同じ速度で歩いているのです。たしかに、今の70代はおしゃれでアクティブで、かつての「お年寄り」のイメージからは程遠くなっていますよね。

高齢者の歩行速度の比較 図1:1992年と2002年の高齢者の通常歩行速度を比べてみると、男女ともに11歳若返っている

出典:鈴木隆雄他「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」(第53巻第4号「厚生の指標」2006年4月、p1-10)

団塊の世代はセカンドライフ=高齢期をデザインする初めての世代 団塊の世代はセカンドライフ=高齢期をデザインする初めての世代

人生50年、60年と言われていた時代の定年後は「余生」でした。盆栽の手入れをしたり、お孫さんの世話をしてお迎えを待つというイメージです。でも今は、人生90年時代。しかも元気で長生きしているので、団塊の世代あたりから「定年後は第二の人生の始まりである」という認識に変わってきています。
というのも、今の80代、90代は、こんなに生きるつもりはなかったのに、気がつけば長生きしちゃったという世代です。ですから、高齢期を生きるための準備をしていません。
一方、団塊の世代は、自分の親や配偶者の親、近所の人などを通して、人が老いていく過程を間近に見てきた世代です。介護や、亡くなった後の片付けなどを経験して、自分の子どもには大変な思いをさせたくないと考えています。だから、団塊の世代は、自分の高齢期を計画的に生きていく初めての世代であると言えます。そして、定年後は余生ではなく、自分で自由に人生の舵取りができる夢あるセカンドライフの始まりなのです。

90歳まで自分の脚でさっそうと歩く! 90歳まで自分の脚でさっそうと歩く!

女性は男性に比べて筋肉量が少なく、骨密度が減少しやすいので、70代になるとだんだん足腰が弱くなって、移動が困難となり、自立度が落ちてしまいがちです。今の80代、90代は歳をとったら腰が曲がるのは当たりまえと思っています。
でも、団塊世代は、そんなふうになりたいと思ってはいません。そのため、今のうちから食事や運動やサプリメントでせっせと筋肉や骨の強化に努めています。80歳の誕生日には、お気に入りのドレスを着て、姿勢良く、さっそうと歩いてレストランに行き、友だちとシャンペンでお祝いをする。それが、団塊世代のイメージする老後です。私自身も、90歳まで自分で歩けるように、たんぱく質の多い食事を心がけ、定期的に筋トレのジムに通っています。それから、生涯、自分の歯で食べるために、半年に1回歯医者に行って、歯周病予防のために歯石をとってもらうのが習慣になっています。家も、駅から3分の新築マンションに住み替えました。今まで住んでいた家と最寄り駅は同じですが、駅の近くならスーパーや医療機関も近いし、足腰が弱くなっても、車椅子でトイレやお風呂に入れるようバリアフリー構造になっています。80代になって引っ越しをするのは大変なので、60代のうちに90歳まで快適に暮らせる環境を整えたいと思ったのです。

自分のことは自分でやりたい団塊世代 自分のことは自分でやりたい団塊世代

95歳の私の母は、娘やお嫁さんに世話してもらうことが幸せだと思っています。でも、団塊世代は90歳になっても自分の脚で歩いて、自分で好きなものを好きな時に食べたいと思っています。子どもやお嫁さんに看てもらおうとは思っていません。生涯、安心して楽しく暮らすために、お金や健康や快適な住まいや、まさかのときに頼りになる人間関係などを確保しておきたいと考えています。災害が起こったときに頼りになるのは、遠くの子どもたちより近くの人たちです。
近頃、いろいろな企業が見守りサービスを始めています。たとえば1日の歩数を、子どもに通知する仕組みです。子どもの立場からすると、ひとり暮らしの親が心配だから、遠くからでも見守りたいのだと思います。でも、親からすると、自分の行動を逐一見張られているようでイヤだと思われる方も少なくありません。私も万が一倒れたときにプロが駆けつけてくれるのは安心ですが、終始子どもに見守られたいとは思いません。これは、団塊世代に限らず、今の80代も同じ気持ちで、見守りサービスの利用者が予想したほど多くない原因のひとつだと思われます。

「働く」「学ぶ」「遊ぶ」「休む」のバランスをとる 「働く」「学ぶ」「遊ぶ」「休む」のバランスをとる

人生90年時代は、定年後にまだ30年近い時間があります。セカンドライフをいかに生きるか、今はまだモデルがないので「どうやって設計すればいいかわからない」と思われるかもしれません。そんなときは、「働く」「学ぶ」「遊ぶ」「休む」の4つの要素を自分なりのバランスで設計するとよいと思います。

セカンドライフの新しいバランス設計 遊ぶ 学ぶ 働く 休む

50代、60代の約5,000人を対象に、「高齢期にどんな生活を送りたいですか?」と聞いたところ(図2)、最も関心が高かったのは「働く」でした。フルタイムではないと思いますが、週に何日か、ボランティアではなく、お金をもらって働く。すなわち、責任をもって社会に参加すること、社会から求められる存在であることが重要なのだと思います。
2番目に多かったのは、自分を磨くこと、いわゆる「学ぶ」です。それは、働くために資格を取る勉強もありますし、今までは時間がなかったけれど前々から興味のあった分野を勉強するなど、いろいろな「学ぶ」があります。
たとえば60代は「働く」「学ぶ」を中心にして、75歳を過ぎたら「働く」は週に1日にして「休む」を増やすなど自分で設計し、自分で舵取りしていくことが大事だと思います。本当は90年全部を、子育てや介護なども含めて、4つのバランスをうまくとりながら生きていくのが望ましいのです。欧米の人たちはファーストライフから「遊ぶ」「休む」を大事にしています。しかし日本では、現役時代は馬車馬のように働いて、定年後は働いてはいけないという風潮があり、人生の前半と後半で劇的に変化するのが普通でした。これからは、ファーストライフ・セカンドライフ共にもう少し柔軟な働き方、生き方ができるといいなと思います。従来の常識にとらわれることなく、自分に合ったセカンドライフを自分で計画し、それに合わせた暮らし方や住まい方をデザインしていくことが大切です。

セカンドライフにおける諸活動への参加関心度 図2:セカンドライフにおける諸活動への参加関心度

出典:平成25年度厚生労働省老人保健健康推進等事業「高齢者の社会参加の実態とニーズを踏まえた社会参加促進策の開発と社会参加効果の実証に関する調査研究事業」より 調査対象:全国の50~69歳男女5,000名

秋山弘子(あきやまひろこ)先生プロフィール

1978年、米イリノイ大学Ph.D(心理学)取得。
米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、2006年東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。
専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応するまちづくりにも取り組むなど、超高齢社会におけるよりよい生のあり方を追求している。

編集後記 編集後記

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

今は若々しい高齢者の方が多いと感じていましたが、実際にこの10年で11歳も若返っているというデータがあるとのこと。私の周りでも定年後もお元気で、働き続けられる方や趣味で活躍される方が沢山おられます。先生がおっしゃるように、90年の人生を、ますます自分に合わせて柔軟に考えられるようになれば良いですね。次回はセカンドライフについて、住まいの観点でお話を伺っています。是非お読み下さい。