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いきいきライフデザインマガジン

第11回:いつまでも料理を楽しんで、いきいき暮らす! 第11回:いつまでも料理を楽しんで、いきいき暮らす!
写真:湯川夏子(ゆかわなつこ)先生肖像 写真:湯川夏子(ゆかわなつこ)先生肖像

京都教育大学家政科准教授

湯川夏子(ゆかわなつこ)先生

高齢者施設で実践されている「料理療法」をご存じですか?料理には、音楽療法や園芸療法のように、心身の健康を増進し、生活の質を上げる効果があり、認知症のケアや予防に役立つということから、グループホームなどで料理療法が拡がっています。今回は、「料理療法」の提唱者として、認知症の高齢者を対象とした「料理療法」の研究と普及活動を進めておられる湯川夏子先生に、料理が心身にもたらすさまざまな効果や、ご家庭でも実践できる「料理療法」についてお聞きしました。

「料理療法」とは 「料理療法」とは

高齢になるとだんだん台所に立たなくなる方も多いと思うのですが、料理をすることは手先を使うということだけでなく、やる気や自信を呼びさまし、生活の質(QOL)を向上させる効果があります。
料理は高齢者にとって生活の中で繰り返されていたなじみのある作業であり、できる範囲で料理をつくることは、生活の自立を保ち、介護予防にも効果的です。完成品が目に見えるので、達成感が得られやすく、何より食べる楽しみがあります。日常生活における「役割」を再認識し、「自信の回復」につながります。特に、これまで長年、家族のために食事づくりを担当してきた方にとって、「料理活動」は生活の張り合いにもつながり、その人をいきいきさせます。また最近では、料理をつくることが脳の前頭前野の働きを活性化することも明らかになってきました。
このように、料理活動には、単なる家事やレクリエーションを超えて、音楽療法や園芸療法のように、心身の健康を増進し、生活の質を上げる効果が見られます。私はこれを「料理療法」と命名しました。「料理療法」とはすなわち、「料理活動を介して心身の障害の機能回復・症状の改善や情緒の安定、豊かな人間関係の構築と生活の質の向上を目指すもの」と定義しています。 「料理療法」の効果を明らかにするために、2003年より高齢者施設における実践活動をもとに、認知症高齢者を対象とした料理活動を支援する研究を行ってきました。

認知症でも料理は続けられる! 認知症でも料理は続けられる!

認知症の方が料理をするというと、「認知症になっても料理がつくれるの?」「包丁なんて危ないのでは?」と不安に思う方も多いかもしれません。同居の家族が「もう料理はしなくていいよ」と台所から遠ざけてしまうことも少なくないようです。
ところが、グループホームで認知症の高齢者の方と共に料理をつくると、重度の認知症で長期間料理をしていない方でも、包丁を握ると使い方を自然と思い出し、危なげなく使えるようになることがあります。認知症でも、料理のひとつひとつの動作は繰り返しからだで覚えているので「手続き記憶」として比較的保持されているからです。
ただ、認知症の方は同時にふたつの作業をするのが苦手なため、包丁で切ることはできても、「これで何をつくるんだっけ?」と次の作業に移ることができません。そこで、「次は茹でましょう」「これを焼きましょう」などと声がけをするなど、ほんの少し支援をすることで、認知症の方もさまざまな料理をつくって楽しむことができるのです。

写真:料理療法でコロッケをつくる様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて
写真:料理療法で炒め物をする様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて

(左)料理療法でコロッケをつくる様子(右)料理療法で炒め物をする様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて

役割分担のリスト:こんな人も支援さえあれば料理ができます! 片麻痺の人 混ぜる、丸める、味付けなどのパートを担当。 車椅子の人 座位姿勢の保てる人は、料理ができます。 料理経験の少ない人 人の役に立つことみ喜びを感じる人。ものすくりが好きな人は、役割をもつことで、いきいきとされます。 認知症の人 ひとつひとつも動作は手続き記憶として残っています。

料理活動はやる気と自信を呼びさます! 料理活動はやる気と自信を呼びさます!

料理活動が「やる気」や「自信」を呼びさます実例をご紹介しましょう。
京都にあるデイサービスセンターに軽度から中程度の認知症の方が来られました。娘さんは「お母さんの肉じゃがはほんとに美味しいから、またつくってほしいわ」と言うのですが、ご本人は「自信ないからつくられへん」と拒んでいました。それが、デイサービスでお昼ごはんをみんなと一緒につくるうちに自信がついて、お家でも再び肉じゃがをつくるようになったそうです。ご本人いわく「職員のみなさんに教えてもらうと、自分ができないことができるようになるので自信につながります」。この「自信につながる」ことが、料理療法のいちばん素晴らしいところではないかと思います。
車椅子の方が、自然にスクッと立ち上がって包丁を使う場面に何度も立ち会ったことがあります。手先を使うことも含め、身体動作の向上にも有効なのです。また、認知症の方は、次にお会いしても「どなたでしたっけ?」と記憶はなくなっているのですが、「この人となんかやって楽しかったな」「この場所は楽しかったな」という感情の記憶は残るので、会えばすぐににこやかな顔になられます。
こうした経験を積み重ねていくことで、心が安定して、自信を持ち、とてもお元気になられる。これが、料理療法の効果です。

写真:グループホームのスタッフと利用者の方が、笑顔で一緒にお好み焼きをつくる様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて 写真:グループホームのスタッフと利用者の方が、笑顔で一緒にお好み焼きをつくる様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて

(写真)グループホームのスタッフと利用者の方が、笑顔で一緒にお好み焼きをつくる様子 グループホーム どんぐり(奈良市)にて

認知症予防にも料理は効果的 認知症予防にも料理は効果的

五感を刺激し、手先を使う料理は、認知症の予防にも効果的です。とくに効果的なのは段取りを考えること。「デュアルタスク」というのですが、2つの課題を併行して行うのは、脳のトレーニングにとても効果的です。[※詳しくは、いきいきライフデザインマガジン第2回「今日から始めるコグニライフ(認知機能アップ生活)」をご参照ください。]
料理療法は、これまで料理をしたことのない男性にもオススメです。神戸のデイサービスでは、男性のためのお菓子教室を開催しています。シュークリームを焼いたり、チョコペンで飾り付けをしたりする様子を拝見すると、男性のほうが女性よりも几帳面で、細かい作業に熱中されるようです。分量をきちんと量るところから始めるお菓子づくりは達成感があり、男性にも向いているのではないかと思います。
他の施設でも、男性は単なるレクリエーションには興味が持てない人も多いようなのですが、「仕事」として料理を手伝ってくださいとお願いすると、「よし、やったろ!」「後片付けはやってやるよ」「力のいる仕事はやろう」と手伝ってくださいます。味見役でも何でも、やはり「役割」があると張り合いが持てるのです。
料理活動には、献立を考えるところから始まって、材料の入手、料理をつくる(調理)、配膳、片付けなど、多くの行程・作業が含まれるので、参加者それぞれの「役割」の分担が可能です。参加する人がこのような「役割感」や「有能感」を感じることは、料理活動の重要な特徴といえます。また、一緒につくったものをみんなで食べる喜びも、料理活動の大事な要素です。

子育てが終わったら、自分のために料理を続ける 子育てが終わったら、自分のために料理を続ける

いきいきライフデザインマガジン第5回後編で秋山先生がご指摘されていた [※詳しくは、いきいきライフデザインマガジン第8回「セカンドライフを豊かにする快適居住空間術」をご参照ください。]ように、長い間主婦を務めてこられた方の多くは「料理はこれまでさんざんやってきたからもうええわ」とおっしゃいます。夫婦二人暮らし、あるいは一人暮らしになって、食べる量も減ってくると、つくる張り合いもなくなって「スーパーでお総菜を買って食べればいいわ」となってくるのだと思います。
けれども、これからは、家族のためではなくご自分のために料理を続けてください。寝たきりにならないためにウォーキングをするように、認知症を予防するためにできるだけ料理を続けてほしいのです。
そのためには、気の置けない仲間と1週間に1回、誰かのうちに集まって「ご飯の会」をするのもいいかなと思います。それぞれつくったものを持ち寄ってもいいですよね。女性の大好きな井戸端会議には脳を活性化する効果がある、ということが最近わかってきました。数人で定期的に集まって、おいしいものを食べながら、ああだこうだと楽しくおしゃべりできる場所を持つことは、とても大事だと思います。

写真:料理療法でつくった料理の一例 団子汁
写真:料理療法でつくった料理の一例 みたらし団子

料理療法でつくった料理の一例 (左:団子汁、右:みたらし団子)

ご家庭でも実践できる料理療法 ご家庭でも実践できる料理療法

ご高齢の家族と同居されている方は、危ないからと台所から遠ざけるのではなく、ぜひ一緒に料理をつくってください。介護が必要な方でも、サポートがあれば料理ができる方は多いのです。料理経験のない男性でも、ものづくりが好きな方、人の役に立つことに喜びを感じる方は、役割を果たすことでいきいきとされてきます。豆の筋取り、大根おろし、ゴマすり、味見など、できる範囲でやれることをお願いし、していただいていることに対してきちんと感謝を伝えましょう。過去によく家でつくった料理や、お祝いごとなど晴れの日のごちそう、季節感のあるものなどを一緒につくると、「そういえば・・・」と思い出話を引き出せ、思わぬエピソードが聞けたりします。
ご高齢の家族と離れて暮らしている場合も、1週間に1回、1か月に1回でもいいので、訪ねて行ったときに一緒に料理をつくって、「おいしいね」と言いながら食べ、次に行った時に「この間の〇〇はおいしかったね、またあれをつくってよ」と話す。その繰り返しが自信の回復につながっていきます。私の祖母も一人暮らしで認知症が少し進んでいましたが、休みのときには得意料理だったちらし寿司などを一緒につくることもありました。認知症でも具を刻んでもらうと、鮮やかな包丁さばきを見せるようになり、99歳で見送るまで多くを学ばせてもらいました。祖母も含め、台所から遠ざかっていた方が料理を始めると、みなさん笑顔になられます。すると、普段の生活でもいきいきと暮らしていける。それが、料理療法の最終的な目的なのです。

料理療法で注意すべきことリスト:料理療法で大事なこと 1高齢者の方に「料理を教えていただく」という姿勢で臨む 2できるだけ自立できるように働きかけ、やる気を引き起こすような支援をする 3「できること」を無理なく行ってもらう。苦手なことや、嫌がることを強要しない。 みんなで楽しくつくって、おいしくいただきましょう
湯川夏子(ゆかわなつこ)先生プロフィール
写真:湯川夏子(ゆかわなつこ)先生肖像 写真:湯川夏子(ゆかわなつこ)先生肖像

1993年、奈良女子大学人間文化研究科修了、博士(学術)。
神戸学院女子短期大学講師および助教授を経て、2006年4月より京都教育大学家政科准教授に。研究分野は食生活学、調理学。2003年より「料理療法」の確立をめざし、高齢者施設における実践活動をもとに、認知症高齢者を対象とした料理活動を支援する研究を行う。
14年に管理栄養士の前田佐江子さん、近畿大学講師の明神千穂さん(栄養教育)と共に、編著書『やる気と自信を呼びさます 認知症ケアと予防に役立つ料理療法』(クリエイツかもがわ)を出版。
料理療法HP https://www.enjoy-cooking.org

編集後記 編集後記

人物イラスト:中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当

高齢の方が料理をするのは危ないのではないか、包丁で手を切ったりしないか、と心配しがちですが、先生によると包丁で手を切るのはスタッフばかりだとか。実際にお料理されているところをムービーで見させて頂いたのですが、本当に表情がいきいきされ、動き難そうにされていた方が見事な包丁さばきをされるなど、”料理”の持つ力に驚きました。”料理”が出来るだけ長く続けられるようサポートしたいですね。