“理想のハウス”は社会と共に考え、つくりたい 重い病気の子どもと家族が安心して宿泊できる“第二のわが家”。 「ファミリーハウス」の“理想のハウス”づくりをパナソニックプロボノチームが支援

社会人がスキルや経験を活かして社会貢献に取り組むボランティア「プロボノ」。住宅設備事業も手がけるパナソニックの社員9人が挑戦したのは、重い病気の子どもと家族が安心できる“理想のハウス”のビジュアル化だった。認定NPO法人ファミリーハウスとプロボノチームのみなさんに、話を聞いた。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第233号(2014年2月15日発行)掲載内容を再編集しました]

増える利用者、年間1万3千人。 滞在施設、都内に11施設56部屋

「認定NPO法人ファミリーハウス」は、子どもが重い病気で長期間の入院生活を余儀なくされた時、遠方から来てつき添う家族から安心して寝泊まりできる“第二のわが家”がほしいという声があがり、医療従事者や市民が協力して、1991年に誕生した。

1993年には、病児と家族を対象とした専用滞在施設「ハウス」の第1号となる「かんがるーの家」が完成。その後も個人や企業などの提供を受け、ハウスの数を増やしていった。

ハウスにはプライバシーが守られる個室や利用者同士が交流できる共有リビングがあり、電化製品やキッチン、ランドリーコーナーなどの日常生活に必要な設備もそろっている。そしてハウスオーナーやハウスマネージャー、相談員、ボランティアといった人たちが利用者を見守り、運営を支えている。
現在、ハウスは東京都内の高度専門病院近くに11施設56部屋あり、年間1万3千人~1万4千人が利用している。利用料は1人1泊1000円だが、入院・通院している子どもの利用は無料である。

ファミリーハウス事務局長の植田洋子さんによれば、「近頃は、医療技術の進歩や医療政策の変化により、以前よりも病児本人がハウスに泊まることが増えてきた」という。
具体的には、「闘病生活が長引く中で、子どもが生きる意欲を失わないように、ハウスで『わが家』のように家族と普通の生活を送りながらも、容態が急変したらすぐに病院へ戻れる、自宅と病院の中間的な場所」のニーズが高まってきたそうだ。

ファミリーハウスでは、この“理想のハウス”をつくるため「具体的にビジュアル化することで理事会、総会、助成団体などへのプレゼン資料として活用し、実現に一歩でも近づけたい」と考えた。
そこで、「生活全般を網羅した商品や技術、考え方をもった企業」であるパナソニックの社員が構成するプロボノチームに、協力を求めることにした。

#2

ファミリーハウス
事務局長 植田洋子さん

「プライバシー」「見守り」などキーワード抽出し、イラスト化

ファミリーハウスとパナソニックの交流は、最初のハウスが誕生した1993年から始まっている。その年、パナソニックは洗濯機や冷蔵庫などの電化製品をファミリーハウスに寄贈。その後も、社員から募った未使用のテレホンカードを寄贈したり、ハウスの一つ「おさかなの家」で管弦楽四重奏によるチャリティコンサートを共催したりといった活動が続き、2006年からは、Panasonic NPOサポートファンドなどを通じて、ファミリーハウスの組織基盤強化を支援してきた。

今回、プロボノプログラムに協力を求めた植田さんは、「社会と合意をしながら物事を進めていくのがNPOのやり方。だから、“理想のハウス”は社会と共に考え、つくりたいと思いました。企業人であるプロボノのみなさんの視点が加われば、ハウスの可能性はもっと広がるはず」と語る。

“理想のハウス”づくりに挑む
パナソニックプロボノチームの皆さん

プロジェクトには、パナソニックの人事、企画、デザインなど幅広い部署で働く男性5人、女性4人の合わせて9人が参加。その動機も、さまざまだ。

たとえば、プロボノは今回が初参加という蓮池さんは「友人がNGOで働いているので、社会貢献には以前から興味はあったのですが、行動に移せずにいました。今回、自社のホームページでプロボノを知り、これなら仕事で得た力を社外でも活かすことができると思い、参加しました」と話す。

パナソニックプロボノチーム
浅野明子さん

また、2度目の参加という浅野明子さんは、「学生時代からボランティアには参加していましたが、仕事などに追われ、だんだん社会とのかかわりも薄れてきた。プロボノに参加したことで、社会人になって忘れていた熱い気持ちがよみがえりました」と感想を述べる。

2013年5月から始まったプロジェクトは、最終報告会が行われた11月までの6ヵ月に及んだ。その内容をプロジェクトマネージャーの丹田浩司さんが説明してくれた。
「まずはメンバーで分担して既存の5施設を回り、ハウスの実状をしっかり把握しました。そこからヒアリングする内容を導き出し、ファミリーハウスの事務局からいただいた名簿をもとに、ハウスオーナーやハウスマネージャー、医療従事者、理事、ボランティアの方など23人にインタビューを実施しました。各地に散らばっておられる対象者と日程を調整する作業は難航し、終わるまでに1ヵ月半を要しました」。

その中から、「プライバシーが守られる」「子育てを見守れる」「安心・安全な家」「活動しやすい」といった“理想のハウス”に欠かせないキーワードを抽出し、コンセプトを固め、8月30日にファミリーハウスへの中間提案を実施。3時間半に及ぶ意見交換の結果を持ち帰り、2ヵ月をかけて各部屋の間取りと内観イメージを手描きのイラストに起こす作業に取り組んだという。

パナソニックプロボノチーム
丹田浩司さん

“理想のハウス”、早速、プレゼン資料に。 実現への力強い一歩

そして迎えた昨年11月8日、“理想のハウス”をビジュアル化したものをファミリーハウスに提案する最終報告会が開かれた。

ライブラリー、プレイルーム、キッチン、リビング、スタッフルームといった共用部、用途に応じて小・中・大、車椅子専用と分かれた居室で構成されたハウスのコンセプトは、「わが家のような生活をちょっといい空間で送れるハウス」。

難病の子どもには、小さなことも負担になる。そのため、たとえば間仕切りを外すと洗面スペースと風呂とトイレがひと続きになる工夫は、「暖房をつければ温度差がなくなり、利用者の身体的負担も軽減されます」と、ファミリーハウスをサポートする看護師からも高い評価を得た。

事務局長の植田さんも、「このプロジェクトは『私たちのハウスは本当に必要とされているのか』という社会への問いかけでもあった。プロボノの方の作業を通して『必要ですよ』と認めてもらえた気がしました」と声をはずませた。

プロボノを終えて、普段、住宅設備機器の営業企画を担当する橋本裕美さんは、「初めは私に何ができるのかと思っていましたが、仕事で培った知識を活かしつつ、お使いになる方のことを想像していくうちに、考えるのが楽しくなってきました」と感想を語った。

パナソニックプロボノチーム
橋本裕美さん

また、住宅設備の商品開発に携わり、今回イラストを担当した福田千絵さんは、「十人十色の意見をどうプランニングしていくかがポイントでした。世の中の傾向を見ても、若い方からお年寄りまで、多趣味で多様な生活スタイルに変化してきている。さまざまなニーズに合わせて展開できる可変的な空間づくりの経験は、今後にも活かせそうです」と、プロボノが経験を活かすにとどまらず、これからの仕事にもつながっていく可能性を語ってくれた。

ファミリーハウスでは一昨年から、東京マラソンを走るチャリティランナーを通して集まった寄付を“理想のハウス”づくりの資金として積み立てている。
そこで、ハウスの全貌がビジュアル化され、より具体的になった今年は、「ご提案いただいた間取り図をプレゼン資料として活かそうと思い、東京マラソン財団さんにさっそくお見せしました」と後日、植田さんは話してくれた。

プロボノによって形を与えられた“理想のハウス”は実現へ向けて、力強い一歩を踏み出したようだ。

パナソニックプロボノチーム
福田千絵さん

認定NPO法人ファミリーハウス
91年、国立がんセンター中央病院小児病棟「母の会」からの要望を受け、93年、遠方から治療に来る重い病気の子どもと家族を対象にした、日本初の専用滞在施設「ファミリーハウス」を設立。家族の精神的負担を軽減するための電話相談、滞在施設や患者会、ボランティアグループなどの情報提供、面接・訪問相談なども行っている。