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福島県浪江町、約2万人が今も避難
100年かけて復興。そのプロセスも残したい

- 全国に散らばる住民の絆を結ぶホームページ

約2万人が避難生活を続けている福島県浪江町。ばらばらになった住民の絆の回復に取り組む「まちづくりNPO新町なみえ」は、更新がままならないホームページに頭を悩ませていた。そこで問題解決に乗り出したのが、仕事のスキルや社会経験を活かして社会貢献に取り組む、パナソニックのプロボノチーム。今年1月、4ヵ月かけて完成したホームページが届けられた。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第306号(2017年3月1日発行)掲載内容を再編集しました]

盆踊り、秋の十日市祭を開きホームページも開設

東日本大震災から6年が経った今なお、原発事故により全町民約2万人が避難を余儀なくされている福島県浪江町。県内外に散らばる人々の絆を取り戻そうと設立されたのが「まちづくりNPO新町なみえ」だ。理事長の神長倉豊隆さんは震災前、浪江町の新町商店会で生花店を営んでいた。

「ばらばらになった浪江の人たちがお互いの居場所を知ることができるようにと、商店会のメンバーが立ち上がり、二本松駅前や県内の仮設住宅で夏の盆踊りや秋の十日市祭を開いたんです。最初の年の十日市祭には1万5千人近くが集まり、中には『みんなに会いたい』と、いわきから駆けつけた90歳くらいのおばあちゃんもいた。その姿を見た時は涙がこぼれました」

その後も、「避難先での生活や復興後のまちづくりについて話し合うワークショップ」や「浪江町の人たちをつなぐ交流会」を各地で開催。交流会は東北だけでなく、北海道から沖縄まで全国7都市でも開かれた。一昨年には、浪江町から二本松市へ避難している高齢者や障害者の買い物や病院への移動手段として、二本松市内をワゴン車が巡る「新ぐるりんこ」という交通サービスも始めた。県からの助成を受け、1回300円で利用できる。

写真:2016年11月に開催された「十日市祭」

2016年11月に開催された「十日市祭」

写真:まちづくりNPO新町なみえ 理事長 神長倉 豊隆さん

まちづくりNPO新町なみえ
理事長 神長倉 豊隆さん

さらに、神長倉さんは各地で暮らす浪江の人たちがお互いの状況を知ることができるようにと、2013年にNPOのホームページを立ち上げた。ここでは、行政の動きや他団体、個人のことなど故郷のさまざまな情報をチェックでき、人々とつながり続けられるような場をイメージしていた。ところが、ホームページを管理できるのは神長倉さん一人。忙しい時は、どうしても更新が滞ってしまう。そこで、パナソニックの社員によるプロボノチームに協力を求めたのだった。

写真:ふくしま県民の森での映像制作(2013年7月)

ふくしま県民の森での映像制作

パナソニックは2013年に浪江町の子どもたちを対象に、映像制作支援プログラム「きっと わらえる 2021」を実施している。浪江町立津島小学校の生徒だった子どもたちが、13年7月に県内外の避難先から久しぶりに「ふくしま県民の森」に集まり、「今、伝えたいこと」の映像メッセージを作り、交流を深めた。14年と15年には福島の復興に取り組むNPOを対象としたプロボノプログラムを実施。その成果報告会を見にきていた神長倉さんからの希望で、今回のプロジェクトが実現した。

※各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するプログラム

避難先でのヒアリングを経て4ヵ月かけ完成したホームページ

そして今年1月15日、新町なみえが現在拠点としている二本松市に、プロボノメンバー5人のうち4人が集結。プロジェクトマネージャーの山崎英明さんを中心に、4ヵ月かけて作成したホームページを持参した。

写真:完成した新しいホームページを納品

完成した新しいホームページを納品

写真:パナソニック 黒江 卓哉さん

パナソニック 黒江 卓哉さん

時間を少しさかのぼる。昨年9月20日に初顔合わせをしたメンバーは、その5日後には神長倉さんと会い「悩んでいること」や「ホームページによって実現したいこと」をヒアリング。福島県出身で「故郷のために何かしたくて参加した」という黒江卓哉さんは神長倉さんの熱い思いに触れ、「情報を『これまで』『いま』『これから』と時間軸で整理して発信するのが一番じゃないか」と提案した。

また「県内外の避難先で活躍している中心的人物」や「避難住民と交流を重ね情報を収集している調査チーム」などにヒアリングを実施。浪江町はこの春、帰還困難区域を除く一部の地域で避難指示が解除され、帰還が可能になるが、ヒアリングからは「気兼ねする家族もいないので地元に帰りたいが、浪江町の現状がわからない」「家族と避難先に根づいてしまったので、帰りたいけど帰れない」「子どもが避難先の学校生活になじんでしまったので帰れない」といった、さまざまな事情が見えてきたという。

「多くの人が“将来に対する不安に応える情報”を求めていることがわかった。また、遠方にいて『帰りたくても帰れない』事情がある人への情報発信も必要だと痛感し、浪江町とかかわりのある個人や企業、大学、行政などのサイトとリンクさせることで、ホームページが情報のハブ(中心)となるようにした」と山崎さん。

写真:パナソニック 山崎 英明さん

パナソニック 山崎 英明さん

写真:パナソニック 村上 幸さん

パナソニック 村上 幸さん

さらに、サイトの象徴となるロゴづくりにも取り組んだ。担当したのは、個人的にも福島でボランティア活動をしているという村上幸さん。「全国から寄せられた、浪江町への思いが表れたデザイン案に胸が熱くなりました」

夢は花の生産から販売まで手がけ雇用をつくること

ホームページを見た神長倉さんは、「とってもわかりやすい、イメージ通りの仕上がりでした。ホームページに恥じない活動をしていきたい」と満足した表情を浮かべた。
チームメンバーの内田浩之さんは「浪江のことを伝えたいという神長倉さんの強い思いにつき動かされ、今日まできました。更新マニュアルをお渡ししますがわからないことがあれば何でも聞いてください。これを縁に末永くおつき合いを」と、メンバー全員の思いを代表して語った。

写真:パナソニック 内田 浩之さん

パナソニック 内田 浩之さん

山崎さんは「本業が忙しくて滞りがちになる作業を先へ進める苦労はありましたが、この先も、団体の活動を見届ける喜びがあるし、仕事とは別の世界に触れることで視野も広がる。相手が何に困っているかを汲み取る経験は日常の業務の中でも十分に役立ちます」と、活動を振り返った。

写真:まちづくりNPO新町なみえ 理事長 神長倉 豊隆さん

この春から浪江町への帰還は始まる見通しだが、神長倉さんにも不安がないわけではない。
「今回の避難解除は町の3分の1のみですし、それにしても除染は十分なのか、学校や病院は無事に再開するのか、仕事は見つかるのかといった不安から、しばらく様子を見てから帰ろうと思っている人も多いはず。避難している2万人のうち3千人が戻るのにも2、3年はかかるんじゃないでしょうか。100年かけて復興するくらいの長い目で見ていかないといけません。同じ震災でも私たちが経験していることは地震の被害だけではない。日本では誰も経験したことがない『被災』なのです。そこからの復興のプロセスも含めて、ホームページに残していきたいんです。私の夢は、浪江に帰って、花の生産から販売までを手がける6次化を考え、雇用をつくること。ホームページを通じて、私たちの活動を応援してくれる人を増やせたら、そういった仕掛けづくりも考えていきたいと思います」

NPO法人 まちづくりNPO新町なみえ

東日本大震災を機に新町商店会のメンバーが立ち上がり、2012年1月にNPO法人として認定を受ける。福島県内外に避難した浪江町民の交流会、盆踊り及び十日市祭の避難先での開催、復興まちづくりワークショップの開催、浪江町の仮設・借上げ自治会の支援、移動支援「新ぐるりんこ」の運営などを通して、浪江町の絆をつなぎ、協働復興まちづくりを推進している。