宇宙曝露実験
最先端電子材料がSpaceXと共に出発
宇宙ビジネスへの新たな挑戦
航空宇宙用、最先端電子材料の開発へ――。パナソニック インダストリー製の宇宙曝露実験サンプル(電子回路基板材料・半導体デバイス材料)が、日本時間3月15日に米国、フロリダ州 ケネディ宇宙センターから打ち上げられたFalcon 9ロケットで宇宙へ旅立ちました。サンプルは、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームで約3カ月間の宇宙曝露実験を実施し、23年夏ごろ地上に帰還する計画です。
打ち上げの模様は、Space BD株式会社からプロジェクトに参加した各企業にライブ配信され、Panasonic Industryの関係者は本社のショウルームに集まって、その瞬間に立ち会いました。願いを込めたカウントダウン、「ゼロ」のコールとともにFalcon 9ロケットが発射され、地上から約400km上空に位置する国際宇宙ステーションに向けて出発。宇宙を舞台とした初めての実験、新たなチャレンジについて、プロジェクトの中心メンバーに、現在の思いを聞きました。
出口 隆啓
電子材料事業部 営業統括部
マーケティング総括部
伊藤 彰
電子材料事業部 企画センター
事業開発部
宇宙×Panasonic Industryの第一歩
――Panasonic Industryにとって初めての実験、このプロジェクトの位置づけは?
出口:私たちが手掛ける材料・商品が、宇宙に行って手元に還ってくる。今までにない実験で、このサンプルリターンは新たな領域に踏み出す第一歩です。これまでも、私は電子材料の航空宇宙担当マーケティングとして宇宙産業の方々と接する中で「当社の商品が宇宙に行っている。使ってもらえている」という感触はつかんできました。ただし、宇宙空間から帰還した材料がどう変化したかについては全く情報がありません。今回の曝露実験で、宇宙の放射線や温度、真空にさらされたサンプルを手にして、実際にこの目で評価ができる、この意義は大きいですね。
サンプルに選んだ代表的なものは二つです。一つ目は、通信インフラ機器用の電子材料である低伝送損失多層基板材料「MEGTRON」シリーズと高周波基板材料「XPEDION」シリーズ。いずれも5Gの普及でさらなる大容量高速通信対応が求められる中、お客様から高い評価を頂いている商品です。二つ目は、半導体の高性能化・高集積化を支える、半導体パッケージ基板材料や二次実装補強材「LEXCM」シリーズ。使用環境に応じたラインアップで強みを発揮しています。今回、これら最先端の電子材料が、宇宙に旅立つことになります。
伊藤:当社の電子材料が宇宙でどんなダメージを受けるのか、結果はどうあれ、かつてない知見です。もう一つ、意義が大きいのは実験に至るプロセスです。今回、サンプルを納めたケースは、当社と協力関係のある長崎の金属加工が得意な会社にお願いをして作成したもの。同社にとっても宇宙関連は初の取り組みでしたが「ぜひ、一緒にやりたい」と熱く応えていただきました。振動試験も社内で実施していて、これも初の試み。宇宙関連で実績のある企業に頼るのではなく、地上で今までビジネスをしてきたサプライチェーン、インフラをベースにするスタイルを貫くことができました。
ロケットの打ち上げでは、衝撃もさることながら自動車の2倍~4倍もの高周波が発生します。かなり特殊な環境で、実はそうした耐性試験ができる装置は多くありません。しかし、「当社の設備が合致する。このサイズならば試験ができる」と確信があったのは、その1年前からプロダクト解析センターと宇宙関連の相談を始めていたから。宇宙専門の解析機関の研修も受けるなど下地ができていましたし、付加価値の大きな分析だとプロダクト解析センターも力を込めてくれました。
――このプロジェクトが始動した当初について聞かせてください。
出口:宇宙商社のSpace BD社から「国際宇宙ステーション上の曝露実験装置を使って、パナソニックとして何かやってみませんか」と話をもらったのが、2022年の2月中旬です。こんなチャンスはないとすぐに社内手続きに入りました。回答期限まで約2週間でしたが、スムーズに社内決裁が通ってすぐに実験が決まりました。前例のない宇宙の実験、そう簡単には……、という私の心配をいい意味で裏切るOKの連発(笑)。やはり、社内の多くの人が宇宙に興味を抱いていると実感しました。
伊藤:決まってからのスピード感もすごかったですよね。フライトモデル(FM)と呼ばれる実験サンプルの提出期限は4月15日。2カ月を切ったところからの始動です。実験サンプルを構成するために、郡山、四日市、中国の広州の各拠点と連携して、材料を手元に集結させました。FMのサイズ感に合わせて加工した材料が十数種類、これも想定を超えるペースで各地からそろいました。出口さんが話したとおり、各工場、技術者にとっても「宇宙に持っていきたい」という思いは共通で、全員の熱量がスピード感に表れていました。
――このケースには何枚くらいの電子材料が収まっているのですか?
出口:厚さ5mmの中に、低伝送損失多層基板材料「MEGTRON」、高周波基板材料「XPEDION」、フレキシブル基板材料「FELIOS」、半導体デバイス材料「LEXCM」シリーズなどの電子材料が10種、最大4枚を重ね合わせてあります。積み方によって外部環境の影響の受け方が違うので、どの順番で積み上げるのがベストかと、プロジェクトメンバーとかなり短期間で集中して結論を出しました。また、積み上げただけでは不安定なので全てを束ねるために、当社商品であるフレキシブル基板材料に使用するポリイミドフィルムで包んでいます。
伊藤:サンプルリターン後にどう分析をするかまで、計画を立てて落とし込みました。ポケットに入るほどの小さなサンプルですが、宇宙で得られるデータの価値は計り知れません。一つでも多くの材料を持っていきたいものの、もちろんケースの厚みは決まっています。少しでも嵩を増やさずに包む方法をと探して、WEB動画で見つけたのがデパートの贈答品の包装。スリムでしっかりと梱包できる、まさに地上の洗練された技術です。折り目をしっかりと入れながら、一つ包むのに約2時間がかかります。
出口:宇宙に持っていくための基準は非常に厳しくて、こうした作業にも手順書が求められます。伊藤さんが一つ作業をする、私が手順どおりかをチェックする、動作を全て記録してサインで確認します。ネジ1本であっても、部品の材質に証明書が必要ですし、そのネジを締めるトルクも精緻な管理が必要です。
伊藤:今回の打ち上げに、JAXAは許認可機関として、私たちがつくったケースを宇宙ステーションに持って行っていいかを審査をする立場です。そのチェックはとても厳しい。ただ、私たちは普段から宇宙関連の業界と接しているので、そういうものと分かっていますし、材料輸出のさまざまな手続き、資料づくりは手慣れたもの。Space BD社の担当者からも「速い!なかなか、こうはいかない」とほめられました(笑)。
――特に帰還してから注目しているのは、どの材料ですか?
出口:個人的に注目しているのはMEGTRON6です。これまでも数多く宇宙に行っているだろうと推測できるのがこのMEGTRON6で、地上でも主力商品。どうなって還ってくるのか興味が尽きません。
伊藤:私は包装したポリイミドと、その真下にあるアンテナ用の基板材料XPEDION1です。どうなるのか本当に気になりますね。表面に近いので曝露によってダメージも受けやすい。「XPEDION1、生きて還ってこられるのか!」というところです。
製造・開発にとって重要データ取得の可能性
夢のある宇宙空間は、絶好のチャンス!
戸澤 仁彦
電子材料事業部 モノづくり・品質革新センター 回路基板技術部
このプロジェクトについて、最初に出口さんから聞いて「これは、われわれの材料を世の中に知っていただくいい機会になる」と直感しました。宇宙関連で出口さんが活動されていることは以前から知っていましたが、実際にPanasonic Industryが材料を宇宙へ送るプロジェクトと聞いて、とてもワクワクしました。私の在籍している郡山に向けて、各拠点から全ての材料を集め、関係者でどの材料を持っていくか検討を重ねました。
打ち上げ延期が続き、一時は打ち上げそのものがどうなるのか心配しましたがこうして宇宙へ向かったFalcon 9ロケットを見ると感慨深い思いです。これまでも、当社の電子材料はロケットや宇宙ステーションの中で使われてきたと思いますが、宇宙空間に曝される状態は誰も把握できていません。われわれの材料は有機材料の樹脂ですから「宇宙空間から戻ってきたら……」と想像すると楽しみ半分、不安も半分。材料の物性値がどう変化するのか非常に興味があります。今回の実験と分析が、今後にむけて大きな基礎データになると思っています。
出口さん、伊藤さんと準備を進めながら感じたのは、こうしたチャレンジに部署を超えて連携ができる社風です。依頼をかけると各方面がすぐに応じてくれたことが印象的です。「最初に、上司の許可を」というのも業務に必要な手続きですが、まずは動こうとする姿勢、雰囲気を心強く感じました。このプロジェクトには、多くの若い部下も関心を持ってくれています。仕事の中に楽しみや興味、遊び心が生まれる、やはり宇宙は夢のある壮大なテーマです。将来的にはPanasonic Industryだけでなく、事業会社の枠も超えて宇宙空間に取り組む、パナニックグループ全体の輪を広げていきたいと思います。
曝露実験で得られるデータを「地上」に生かす
――2人は幼い頃から、宇宙への憧れが強かったのでしょうか?
出口:こういう仕事なのでよく聞かれますが、私は宇宙が大好きだったわけでもないんです。でも、はっきり覚えていることが二つあって、小学生の時に友達のお父さんが夜釣りに連れて行ってくれて、移動中の車で天井の窓から見た星がきれいだったのが印象に残っています。もう一つは、小学校で書いた卒業論文のテーマを「ブラックホール」にしたこと。普通の公立小学校ですが、少し変わった方針で卒論を書こうという担任の言葉に、ブラックホールって何だ、調べてみたいと思った、そこが最初の入り口だったと思います。
伊藤:私が自覚したのは遅めで、大学生のときです。宇宙もののSF小説が好きで「めっちゃ面白い」と友達に紹介したのですが、全く反応してくれない。あれ?どうやら自分は水準以上に宇宙が好きなんだと気が付きました。また、原点を思い返すと1990年に秋山豊寛さんがソビエトの宇宙ステーションに滞在して話題になり、翌91年に毛利衛さんが初めてスペースシャトルの宇宙飛行士になったニュースが強く印象に残っています。そこがきっかけだと思います。
私ごとなのですが、実験サンプルの提出期限4月15日が子どもの出産予定日と重なっていて、サンプルづくりの詰め段階は毎日がドキドキでした。無事にサンプルを送り出し、10日後に生まれた子どもの名前に、毛利さんの「衛」を頂戴しました。新婚旅行先のロサンゼルスで偶然立ち寄った博物館で、毛利さんの乗ったスペースシャトル「エンデバー」の実物に遭遇していたんです。忘れられない4月15日もそうですし、宇宙でつながる縁です。宇宙服を模したベビー服も購入して、これを着せています。
――パナソニックには、宇宙が大好きなメンバーが集う有志団体があるとか。
出口:2018年から活動している「有志団体 航空宇宙事業本部」という団体です。対象はパナソニックグループ全体、参加者は600人を超えています。宇宙ビジネスの可能性に興味を持ったメンバーが集まる大きな部活動で、オンラインミーティングを定期的に開いて意見交換しています。
伊藤:宇宙好きではなかったという話でしたが、出口さんは「パナソニックを宇宙に連れて行こう」と呼び掛けた発起人です(笑)。私は新しい材料の開発、新規事業の立ち上げが仕事で宇宙好きなので、もちろんすぐに加わりました。この活動は今回の曝露実験でもキーになっていて、環境試験のテーマを以前から語りあい、準備もしてきたことが超短期間のプロジェクトで存分に生かされました。
――プロジェクトを通じて、ネットワークがさらに広がりそうです。
出口:チャレンジを通じて仲間ができますし、今回も社内外に新しい仲間ができました。また、約10人のプロジェクトチームを見ても、それぞれにやりたいこと、得意とすることが違います。その幅が頼もしいですし、リーダーの私は諦めそうになる場面でも「知見を集めれば、一つになってなし遂げられる」と踏ん張れます。何が起こるか分からない宇宙に突っ込んでいくとなると、1人では何もできませんから。
伊藤:2022年の11月に熊本で宇宙関連の学会が開かれ、当社もブースを出して今回の実験をPRしました。来場者の中には「材料メーカーがここまでやるとは。期待しています」と声もかけていただき、そうした場で新しいつながりができます。今後は、同じ学会で評価結果を皆さんに知っていただくような機会もつくりたいですね。基礎的な研究データは、当社に限らず広く宇宙科学、宇宙産業に役立ちます。そうした貢献で宇宙産業が広がって、われわれの商売も広がる。一緒に共存共栄できたらと思います。
――最後に、今後に向けてのメッセージをお願いします。
出口:まず、こうしてチャレンジができることが楽しいし、この風土があるPanasonic Industryを誇らしいと思います。私たちの根本は好奇心とワクワク感です。今回は、これまでの宇宙関連の活動、われわれの好奇心、点と点が全てつながったような印象で、全員が一気に動けたと感じています。電子材料、デバイス系の商品は地球上だけでなく、宇宙環境もしくは月の上でも使われていくような将来が近づいてくるはずです。自分の仕事にも好奇心とワクワク感を持ち込んで、航空宇宙市場担当のマーケティングとして3年後、5年後、10年後の技術を追求していきます。
伊藤:技術者として大切にしたいのは、いったん宇宙の題材に取り組むことが、実は地上で気づかなかった課題に出合うチャンスだということ。例えば、コーヒーを入れるのにも、無意識に重力を使っている、といった視点です。宇宙を活用して、地上のくらしを豊かに、皆さんが幸せに快適に暮らせるようにしたい――。宇宙に取り組むから、地上の技術を進歩させられるという形にうまく転換したいと考えています。今は、Falcon 9ロケットが打ち上がったばかりでほっとしていますが、サンプルが帰ってきたら大忙し。しっかりと準備をしていきます。
Message
加速する挑戦、日本が宇宙産業をリードする時代へ。
Space BD株式会社 佐藤 正崇さん[事業開発]
宇宙にモノを持っていくということは、どんな小さなモノであれ簡単なことではありません。求められる厳しい安全要求を全てクリアしたうえで、今回は約7cm×7cm×5mmというわずかなスペースに、10種類もの試験片を載せて打ち上げなくてはならない。しかも今回は、打上げ品の構想からわずか2カ月の間に製造と試験を完了させなければならないという、超短期プロジェクトでした。
このように非常に難易度が高いチャレンジをご一緒させていただく中で感じていたのは、Panasonic Industry社の圧倒的な技術力(設計・製造・解析)と、プロジェクトを円滑にかつ迅速に進めていくマネジメント力でした。個人的に、納期が近づいていく中で内心ヒヤヒヤしながらも、同時に高揚感を感じながらやり取りさせていただいた記憶が強く残っています。
これから貴社が宇宙への挑戦を加速させていく中で、当社としてもさまざまな挑戦をコラボレーションさせていただければと考えていますし、いずれは全てがPanasonic Industry社製の人工衛星を打ち上げられる日を楽しみにしております。出口さま、伊藤さま、プロジェクトチームの皆さま、本当にありがとうございました。