CO2フリーの再エネ活用

家畜由来のバイオメタンを生かす
EVリレーの製造拠点、帯広の挑戦

重油から発電された工場稼働に必要な電力、EVリレーの製造に使用する水素ガスを、バイオメタン由来のものに切り替え、CO2フリーのモノづくりを目指す――。これまでにない、新たな挑戦が北海道帯広市のパナソニック スイッチングテクノロジーズ株式会社(以下、帯広工場)で始まりました。パナソニック インダストリーは環境取り組みとして「2030年度 CO2排出量実質ゼロ化(生産活動におけるCO2)」を掲げています。持続可能な社会の実現に向け、その軸となるのが「オンサイトPPA」と称される、企業が発電事業者と契約して自社の敷地内に再エネ発電設備を置き、電力を購入する仕組み。帯広でのバイオメタン発電は、日本拠点の「CO2排出量実質ゼロ化」をけん引するビッグプロジェクトです。

北海道で盛んな酪農、牛舎の風景。
EVリレーの製造工程。

同拠点が製造する主力製品は、ハイブリッド車や電気自動車の高電圧化、高電流化に欠かせない安全制御部品「EVリレー」。その工程で必要な大量の電力と水素ガスの製造に、家畜ふん尿由来のバイオメタンを利用する構想です。環境対応車の普及が高まるにつれ、右肩上がりにEVリレーのニーズは拡大しています。今後の増産体制を検討すると同時に、帯広工場は脱炭素化に向けた生産革新を模索。その中で、地域内におけるバイオメタン活用に先進的な取り組みを続けてきたエア・ウォーター株式会社とパートナーシップを結びました。酪農の盛んな北海道ならではの資源、クリーンエネルギーを活用する地産地消のプロジェクトが始動しました。

 

製品用の水素+発電のエネルギー源に有効活用

十勝エリアは、食料自給率が1170%(日本平均は約38%)に及び、帯広周辺にも大規模・中規模の牧場が点在しています。飼育される乳牛は1日に60~80kgのふん尿を排出するため、事業主はこれを活用するバイオガスプラントを併設して、成分であるメタンからの発電にも取り組んできました。500頭規模の牧場は1日30~40tのふん尿が集まる計算で、それらを工場設備の稼働に有効利用できれば、膨大かつ安定的なエネルギー資源となります。

上空から見た帯広工場。
EVリレーの製造工程。

帯広工場は北海道らしいロケーション、広々とした敷地に建っています。ここは重油からの発電で発生する排熱を館内空調などに利用する「コージェネレーションシステム」を2003年から導入するなど、当社の環境施策を実践してきた拠点の一つです。今回導入予定のバイオメタンによる発電設備は、2027年度に帯広工場のCO2排出量を50%以上削減(2022年度比)。パナソニック グループの環境目標「Panasonic GREEN IMPACT」で掲げるCO2削減において、大きな一歩と位置付けられます。

「CO2排出量の削減はEVリレーのお客様、自動車業界の方にとっても重要なテーマで工場見学に訪れる方も非常に注目される部分。この取り組みには高い関心が寄せられるはずです」と話すのは、EVリレーの製造総括を務める坂田利充。「当社製品の特徴は、水素ガスを封入しアークを冷却する『カプセル接点構造』。それだけに、この水素をバイオメタンから生成することの意味が大きい」と語ります。実現すれば、高信頼性を誇るEVリレーにもう一つ、「CO2フリー」の製品価値が加わることになります。

DC高電流遮断技術。水素ガスを封入し、アークを冷却するカプセル接点構造、高電圧を短ギャップで瞬時に遮断します。
EVリレーの製造総括、坂田利充と製造メンバー。
 
 

安定稼働から、さらなるインパクトへ

久保 基治

パナソニック スイッチングテクノロジーズ株式会社 人事総務部 環境施設一課

写真:久保基治

このプロジェクトを最初に聞いたのは約1年前。発電設備を担当する私から見ると、既存設備からの切り替え、工場を止めない安定稼働が指標です。関係者で熟考し、1000kW級ディーゼルエンジン3台のうち2台を新設のガスエンジンに切り替え、現行機をバックアップに充てるプランを描きました。まずは、液化天然ガス(LNG)の使用からスタートし、順次バイオメタンに切り替えていきます。ガスエンジンのランニングコストは課題で、その圧縮は簡単ではありません。しかし、それでもCO2削減のために、乗り越えなければならないハードルです。

現在、帯広工場で稼働している発電設備。新設するガスエンジン発電機のバックアップに使用する予定

「CO2排出量を50%以上削減」と宣言したからには何としてもやり遂げる、その一心で現在は運用の準備を進めています。エア・ウォーター株式会社は、EVリレーに使用する水素の供給・運用で現在も連携しており、帯広工場のことをよく理解していただいているパートナーです。バイオメタンからの発電については、国内に実績ある事例が少ないのですが、実現に向け、さらに同社との連携を進めて実現を目指しています。

帯広工場で働く全員が共有しているのは「環境に貢献するEVリレーをつくる」という意識。工場内でも細かな省エネ活動を実践し、「年2.5%のCO2削減」を積み重ねてきました。この取り組みが運用に乗れば、社内の環境意識もさらに高まることと思います。導入する発電機は平均的な寿命から、約15年は使用します。ですから、私たちが確実にバイオメタンを運用に乗せ、その先を次世代に引き継ぐプロジェクトとも言えます。水素など違う燃料にも注目しながら、若い世代とともにさらなるインパクトを目指していきます。

 
 
各プラントからバイオメタンを輸送する専用のタンクローリー車。

酪農とモノづくりをつなぐ「地産地消」のモデル

農場から工場にバイオメタンを供給する仕組みについて、最新の構想(2023年、9月時点)では、エア・ウォーター株式会社が酪農密集地域にバイオメタン化のプラントを複数点在させ、タンクローリー車が1台常駐する計画となっています。ドライバーが、空のタンクの1台でプラントに乗りつけ、入れ替わりにバイオメタンを満たした1台を回収。そのまま運転して帯広工場へ搬入する仕組みです。別拠点に移したり、中間処理したりといった工程を省くことで、コストを抑えるメリットがあります。

「いかに効率的なモデルを構築できるか。そのために、プラントや運搬車両についても改良を重ねています」と話すのは、このプランを現地で主導しているエア・ウォーター社の西川智大さん。背景には、家畜のふん尿問題に向き合ってきた酪農家の悩みがあると言います。ふん尿の再利用は、たい肥化が一つの手法ですが、野ざらしの状態では発生する臭気が問題となり、そこでバイオガスによる発電という事業が生まれました。しかし、地域によって売電にも限界があると言います。

酪農家の牛舎の様子。家畜由来のバイオガスを活用するプロジェクトは 、エネルギーの地産地消を支える意義もあります。

バイオガス供給の契約を結ぶ牧場の一つ、株式会社サンエイ牧場の鈴木健生代表取締役は、その経緯を「転機は再生可能エネルギーの買い取り、いわゆるFIT制度でした。各農場がガスプラントと発電機を設置しましたが、私たち大樹町の牧場は帯広から約70km離れていて、送電線が細いため売電量が制限されて」と行き詰まったバイオガスの活用を語ります。「巨額の設備投資は回収できず、多くの農場で余剰のバイオガスが生まれています。それだけにこのプロジェクトは期待感がある」と話します。酪農家が「地産」したエネルギーに「地消」の受け皿を――。エア・ウォーター社の培ったノウハウと、当地で稼働を続けるパナソニック スイッチングテクノロジーズが一体となり、新しい好循環を生み出そうとしています。

バイオガス供給の契約を結ぶ株式会社サンエイ牧場の牛舎の様子と、鈴木健生さん
2660頭を飼育している鈴木さん。「ふん尿処理の課題が解決できなければ、事業拡大のめどは立たない。それでも踏ん張っている仲間が大樹町にはたくさんいます。乳業は大きく消費が落ち込み、生産量の制限などもあって苦しい現状ですが、将来はもっと飼育頭数を増やしていきたい」と意気込みを語る。
エア・ウォーター社のLBMセンター工場と、西川智大さん
エア・ウォーター社は、2021年度から環境省の認可を受け、帯広で液化バイオメタン(LBM)の実証実験を続けている。西川さんは「このプラントではバイオガスをメタンとCO2に分離して液化、体積を1/600にできます。圧縮処理により大量輸送が可能で、ロケット事業にも使える高純度。例えるならLBMは高級料理です。一方、ローリー車でバイオメタンを直接供給する帯広工場のプランは、コストパフォーマンスが高い」と話す。
 

キーマンが語る「ビッグプロジェクト」

画像:末長純也さん
画像:元吉圭太

本件を指揮する2人、エア・ウォーター株式会社の末長純也さんと、パナソニック インダストリー株式会社のリレー事業を預かるビジネスユニット長の元吉圭太。このプロジェクトに懸ける思いを聞きました。

これまでにない出会い、連携の醍醐味

末長 純也さん

エア・ウォーター株式会社 執行役員

牛のふん尿由来のバイオガス活用を検討し始めたのは2020年。若手の技術者がチームを組んで、実証実験を目指すプロジェクトが始まりました。まずは酪農の知識からと、私たちはあるファームの研修施設に住み込み、現場を体感するところからスタートしました。朝、牛の鳴き声で目を覚ますと、もう牧場は動き始めています。搾乳はもちろんのこと、病気にかかった牛の手当て、ふん尿の処理……。わずか3カ月の住み込みでしたが、飼料やエネルギーの高騰、上がらない乳価と厳しい環境下で頑張る酪農家の姿を目の当たりにしました。

地域と連携した地球環境に役立つ事業展開の専門家として、私たちにできることがある。それがガスの回収、バイオメタンとLBMの精製です。国による公表で「86%のふん尿が有効利用されている」とされますが、その大半はたい肥化です。積まれたふん尿は中心でメタン発酵が起こり、空気に触れるとCO2の300倍の温暖化係数を持つ亜酸化窒素が発生します。適正にバイオガスをメタンとCO2に分離して活用することで、温室効果ガスの削減に寄与できると、私たちは精製プラントでの実験で実証しました。

この成果を初めてパナソニック インダストリーの元吉さんにご説明した日、互いに一致したキーワードが「地域貢献」でした。同じ十勝エリアで、これまで縁のなかった酪農家とEVリレーをつくる皆さんが出会う。それが、このプロジェクトの醍醐味です。実証実験(社会実装)のレベルから、事業化を推し進め、持続可能なサプライチェーンの構築へ。コスト面などハードルはあり、本音を言えば「すごく難しいし、交渉も大変」(笑)、でもその分だけ面白い事業。将来的には、学校や病院、市役所との連携も視野に、「酪域連携」の輪を広げたいと考えています。

 

60年続けてきた事業、次の60年を描く

元吉 圭太

パナソニック インダストリー株式会社 リレービジネスユニット長
パナソニック スイッチングテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長

バイオガスから水素を生成する実証実験が十勝で行われ、一定の成果を挙げて継続延長されている――。私が情報をキャッチしたのは、2020年末~21年初頭でした。そこは帯広から数十キロの鹿追町で、その実証実験は当社にガスや水素を供給していただいているエア・ウォーター社によるもの。すぐに話を聞きたいところでしたが、ぐっと我慢して実証実験が事業化に進むステップに注目していました。機は熟したと同社を訪ねたのは2022年の春、詳しく話を伺って、プロジェクトがスタートしました。

電動車やエネルギーマネジメント分野での電気容量が増大、私たちの製品は水素でアークを冷却しながら、瞬時にその電気を遮断する。言い換えれば、水素は技術的なカギを握る重要な材料です。帯広工場に水素生成装置を置き、水素を身近に扱ってさらにノウハウを蓄積したい。これが当初に私が抱いた思いでした。そこが起点となり、バイオメタンによる発電、地産地消のプロジェクトへとプランが膨らみました。目標は工場をフル稼働させる3000kW級の発電。これが実現すれば、環境に対してもかつてないインパクトとなるはずです。

1958年から60年以上にわたり、さまざまな世の変化を乗り越えながら当社はリレー事業を続けてきました。積み重ねた歴史を踏まえ、いま一度「われわれは、何のために事業をしているのか。次の60年に何をなすべきか」と問い直したとき、私は「地域貢献」が大きな意味を持つと確信しました。従来どおり、地域に雇用をつくる、あるいは事業推進と納税で貢献することに変わりはなく、もう一つ、地産のエネルギー活用によって地域への貢献をと。

初めてバイオガス活用の取り組みを聞き、「私たち帯広の拠点で実現したい」と直感したあの瞬間から3年。末長さんをはじめ、エア・ウォーター社の皆さんとは高頻度で情報交換を重ね、細かな設備の仕様など運用開始への詰めを進めている段階です。打ち合わせの中では「別の拠点、地域であれば、他の資源を活用したメタンや水素生成が有効では」など、意見交換もしています。まずは帯広でのバイオメタン活用を確実に実行し、さらにその先へのインパクトと事例を広げていきたいと考えています。最後に、今回のプロジェクトはパナソニックホールディングスの関連部門やエア・ウォーター社など社内外の多くの方々の理解、相互の連携と信頼があって進められています。これに感謝を申し上げると共に、実現へ向けてさらにその連携を深めていきます。