技術者たちのカンザス
現場から見るパナソニック エナジーの挑戦

2025年7月、パナソニック エナジーの北米向け電気自動車(EV)用円筒形リチウムイオン電池の米国カンザス工場が開所した。モビリティの電動化を推進する顧客の需要に対応するため、「日米(日本・北米)2軸」での車載事業の拡大を進めるなか、ネバダ州の工場に続き北米第二となる同工場は、その戦略の一翼を担う拠点として重要な役割を果たす。現在、2170セルの量産がスタートし、将来的には年間約32GWhの生産体制の構築を目指す同工場で活躍する2人の技術者の挑戦の日々を紹介する。

社会変革への挑戦、「やりがい」しかない旅路


池田 翔太さん

2006年、三洋電機(現パナソニック エナジー)に入社。ニッケルカドミウムの技術者として淡路島の洲本工場で極版開発から電池全般の設計までを経験。大阪・守口工場ではリチウムイオン電池の缶底レーザー溶接のプロセスに携わり、その技術を海外展開するために17年、ネバダ工場へ出向。その後、カンザス工場の立ち上げメンバーに抜擢され、2024年より技術部門のシニア・ゼネラル・マネジャーとして勤務。


「率先垂範」が現地の人々の意識を変えた

「言語や文化の異なる地で、技術分野のコミュニケーションを図ることがこれほど難しいとは、ネバダ工場に赴任する前は思いもよりませんでした。ただ、眼前にある問題や課題に対し、現地の人々と一緒になって解決へ導くことを繰り返すうちに、いつしか言語や文化の壁は無くなり、驚くほどに意思の疎通ができるようになりました」

パナソニック エナジーとして北米初のネバダ工場に赴任した池田さんが心掛けたのは「率先垂範」。創業者・松下幸之助の教えにもある通り、「人々の先頭に立ち、自ら模範を示す」ことで、まずは自らが活模範となろうとした。ただ一人で行動するのではなく、課題や問題点を発見したら、必ず現地の人々と一緒に解決策を模索することを重視した。自身の経験から答えがすぐに分かる問題でも、経験知の少ない彼らの目線に立ち、課題改善への道筋を丁寧に導くことを繰り返した。

すると、「この人に聞けば問題が解決できるのではないか。少なくとも一緒に考えてくれる」と人々が集まってくるようになった。完璧な英語表現でなくとも相手が必死に理解しようとしていることが分かる。熱意を持ってコミュニケーションを重ねれば重ねるほど、議論が進んでいく手応えを感じられた。

とはいえ、ネバダ工場が軌道に乗るまでは苦難の連続だった。今まで経験したことのない規模とスピードが求められるなか、トラブルは続出した。様々な最新設備や人工知能(AI)などのテクノロジーが導入されてはいたが、パナソニック エナジーのモノづくりは、温度・湿度の調節など環境の変化への細やかな技術者たちの対応力が、高い品質や安全性、生産性を支えてきた。ただ、こういった社員たちの経験知に支えられる対応力を間近で見ながら自らに取り入れるような伝承スタイルは、異なる文化を持つ人には受け入れられるものではなかった。

「日本以外の国や地域で工場作業を軌道に乗せるには、阿吽の呼吸のやり取りや経験知といった“暗黙知”のブラックボックスを排除することが必要だと思いました。すべての行動には理由がある――その理由を見える化し、標準化することに徹しました。短時間で誰もが作業の意味や改善の理由を理解し、迷わず行動できることを優先に、頭の中にある知識や情報をすべて明文化することを試みました」

北米にはポジティブシンキング且つ論理的な思考を持つ人が多く、日本的なモノづくりの細やかな仕組みも、腹落ちすると作業はスムーズに流れ始めた。「生産工程のプロセスをこう変更したらもっと生産性が上がるのではないか」と自らの考えを積極的に提案したり、自分の担当の設備にトラブルが発生したら、責任をもってトラブルシュートを作成し、再発防止を推進したりするといったプロ意識が芽生え始めた。

経営視点を持って工場運営ができる存在に

こうしたネバダでの経験を活かすために、池田さんはカンザス工場のシニア・ゼネラル・マネジャーとして工場技術を管理するプロセスエンジニアリングと設備を管理するマニュファクチャリングエンジニアリングの両部門の統括を任された。ラインの立ち上げや設備導入、生産性向上、不良率削減、そして将来の工場における幹部候補の育成、組織のビジョン考察など幅広く担当する。カンザス工場のスムーズな立ち上げを実現するため、開所の1年前から、そこで働くメンバーに対してネバダ工場での1年間の育成期間を設けた。

「当社のミッションやビジョン、ウィルが、多様な人々の絆を強くしていると感じます。私たちが世界の流れを変えなければならないという気持ちが広く浸透し、『そのためにすばらしい電池を皆でつくろう!』という共通の使命感を持って働いています。ネバダとカンザスの連携も強化され、これからのシナジー効果にも大いに期待しています」

ネバダでの教訓を生かして立ち上げ準備が始まったカンザス工場では、もともと何も無い更地に、電気や水道などのインフラ設備を整備する必要があった。これは池田さんにとっても初めての経験だった。ネバダでの経験を元に、想定される課題を先回りして捉え、自身が道標となるべく、工場のコンセプトや社会に対して果たすべき役割、ビジョンなどを1枚の紙にまとめ、全スタッフに配布した。

「カンザス工場での個人的なビジョンは、技術部門だけでなく工場全体の機能に貢献できる存在になることです。そのためには経営的な視点を持って工場を運営できるよう日々勉強が必要です。入社してからの19年間、社会変革に貢献する挑戦が続き、やりがいしかない旅路です。そして、北米の中心に位置するカンザスから全土に当社の車載用リチウムイオン電池を送り届け、変革をリードしていくことが私のビジョンです」

工場のエントランスには、工場の完成を記念して電池のオブジェが飾られている。

多彩な才能が光る、強いチームをつくる


林 憲孝さん

2009年入社、製造職の技術部門で約3年間の勤務後、技術者として正極活物質の開発補助や集電体の新規開発・工場への導入を担当。集電体開発におけるプロセス検証等の経験を生かしプロセス技術部門へ。ネバダ工場やカンザス工場を含む各拠点の新機種導入のプロセス検証を担当。


課題解決がチームの結束を強くする

いま、カンザス工場では挑戦の日々が続いている。生産体制を軌道に乗せることはもちろんだが、多彩な人々が集う新たな組織体制やスマートファクトリー化など工場運営の在り方が大きく変化している。

「私がこの工場で実現したいことは、電極生産における業務の自動化です。リチウムイオン電池の性能を左右する電極の生産にはテクニカルな要素が多く、専門知識を持つ人がいなければ高い品質が維持できません。テクノロジーを駆使して様々な自動化を図り、さらなる生産性の向上を目指していきたいと考えています」

同工場のCPE(Cell Process Engineering)のElectrodeチームのテクニカルマネージャーとして業務従事する林さんはリチウムイオン電池に使用される電極関係の技術担当者として、生産ラインの立ち上げ、作業工程の改善活動、日本とのコミュニケーションおよびチームの活動方針の策定や現地メンバーの教育などを担当する。現在は生産体制の強化に向けた取り組みを進めており、新たな設備や工法などを取り入れ、従来にない速度の生産体制の確立目指している。

「すべてが初めての経験であり、それを短期間で立ち上げるという、本当に超チャレンジングで刺激的な日々を過ごしています。現地メンバーと共にこの状況をどのように進めるかを事前に話し合い、十分に準備してから臨めているので、問題が浮上してもある程度は想定範囲内ですが、やはり思わぬトラブルも発生します」

現地メンバーの多くはネバダ工場で1年間の研修を受けており、生産ラインの立ち上げの様々なシミュレーションを行ってきた。だが、立ち上げで起こるトラブルの一つひとつを順調に乗り越え、ようやく軌道に乗せられるというタイミングで新たなトラブルが発生する。そうしたことが続けば、チームのモチベーションは下がってしまう。林さんはメンバーを鼓舞し、部門間の連携を図りながら課題解決へと導く。

「一度落ちてしまったモチベーションを高めるのは大変ですが、やはり、困難な状況も皆で立ち向かえば必ず打破することができます。それを仲間たちと喜び合えるのは仕事の醍醐味です。特に一から工場を立ち上げる経験はなかなかできるものではなく、関連部門を巻き込みながら問題や課題を解決していくうちに、チーム全体としての信頼関係や結束力も強くなっていくのをひしひしと感じています」

多様な価値観が固定概念を打ち破る刺激に

林さんが重視しているのは、多彩な現地人材が生み出すチームの多様性とそこから多くのことを学び取ることだ。基本的な知識の伝達はするものの、日本のモノづくり思想やビジネス習慣などを押し付けることはせず、現地スタッフの発想や考え方を尊重することを心がけている。

「私自身、長年パナソニック エナジーに勤務し、電極関係の業務なども長く携わってきたため、考えが偏っている可能性があると感じています。渡米した当初、最も期待していたことは、多様な人々の多様な考えに触れ、それを自身の成長につなげることでした。そのため、いつも『学ぶ姿勢』を意識して行動しています。立ち上げ準備で大きな壁にぶち当たった際にも、彼らは私が思いもよらない発想を提案し、成果に導いてくれました。毎日が固定概念を打ち破る刺激になっています」

カンザス工場の通路には従業員紹介のパネルを掲示している。

多種多様な人たちが同じ目標に向かって進めるようマネジメントしていくことが重要な使命であり、このチーム作りが自身の今後に重要な意味を持つと林さんは考えている。

「私が感じるパナソニック エナジーらしさは、年齢や経歴など関係なく、いろいろなことに挑戦するチャンスを与えてくれることです。チャンスを掴めば国内外を問わず多様な考えを吸収することができ、多彩な経験ができます。このチームにも挑戦する風土を醸成しながら、楽しみながら前に進んでいける強いチームを作り、それを次の世代へつないでいきたいと思います」

カンザス工場は約 120 万㎡の広大な敷地を有し、工場の通路は一辺が直線で最大700mにも及ぶ。